【レンタルスペース運営|小口圭祐】仕組み化を追って限界に。師の言葉で目が覚めた男の「人生最大の本気」とは
栃木県を中心に、ダンススタジオとレンタルサロンを計7店舗運営する小口圭祐さん。場所や機会がないことを理由に、挑戦を諦めてほしくない。その思いから、個人が小さく一歩を踏み出せる場所を届けてきました。
しかし、店舗展開や仕組み化を進める中で、自己流経営の限界に直面。店舗は増えた。仕組みもできた。それでも、思うように利益は残らない。停滞感を抱えていた小口さんは、体系的にビジネスを学ぶためUBM(※)へ入会。そこで北原孝彦さんが投げかけたある言葉をきっかけに、小口さんは忘れていた「本気」の感覚を取り戻していきます。
現在はUBMのコンシェルジュ、UBM栃木支部の支部長としても活動する小口さん。北原さんとの出会いで取り戻したもの、そしてこれから目指す「優しい世界」について伺いました。
※UBM(ビジネス行動管理大学):北原孝彦が代表を務めるビジネス塾。2020年に「北原の精神と時の部屋」として設立、2024年11月に現名称に改称。
挑戦する人の背中を押す、無人レンタルスペースという選択肢
――小口さんの事業内容を教えてください。
現在は、ダンススタジオ「スタジオキビス」と、レンタルサロン「レンタルサロンキビス」を運営しています。栃木県を中心に、群馬や大阪にも展開しており、一部はフランチャイズ店舗です。

――それぞれ、どのように使われているんですか?
どちらも、個人の方が自由に使える無人のレンタルスペースです。予約して利用していただく形ですね。基本的な設備や備品はこちらで用意していて、必要な道具は持ち込んでいただいています。ダンススタジオは練習や教室開催、撮影などに使われています。サロンは整体師やセラピスト、ネイリストなど、施術やセッションを行う方の利用が中心です。
オープン当初から利用してくださっている方のなかには、フラダンスで全国一になった方や、ベリーダンスで全国一になった方、栃木県でウォーキングの1位になった方もいます。あと、うちのスタジオで撮影した動画をオーディションに応募して、ABCマートのWebのCMに起用されたダンサーさんもいるんですよ。

――初期費用をかけすぎずに、レッスンや施術ができる場所を提供しているわけですね。
その通りです。最近は、「場所や機会がなくて挑戦を諦める人をゼロに」という思いで取り組んでいます。いきなり自分でスタジオやサロンを構えると、数百万円かかることもあります。でもレンタルスペースなら、使った時間分だけの費用で始められる。1時間1000円から試せるので、万が一集客できなかったとしてもダメージが少ないんです。
結婚や出産、引っ越しなどでライフスタイルが変わったときも、場所を変えれば続けられますし、自分に合わないと思えばやめることもできます。だからこそ、まずは「とりあえずやってみる」きっかけにしてほしいと思っています。

――「とりあえずやってみる」を後押しするために、継続して使ってもらえる仕組みはありますか。
はい。はじめてダンス教室を開催する方向けの「教室開催プラン」や、セラピストの方がデビューできる「サロン開業プラン」を用意しています。
ただ、利用者さんとお話ししていると、利益がちゃんと残る料金体系になっていなかったり、勢いで始めてしまったり。「スキルがあればお客様は集まる」と思ってしまい、なかなかうまくいかない先生やセラピストさんが多いことに気づいたんです。そこで、相談や壁打ちの場として勉強会を始めました。
――その勉強会では、どのようなことを伝えているんですか。
集客について相談されることが多いので、以前まではSNSでの発信方法、言語化の仕方、商品やプランの設計などをお伝えしていました。ただ、いろいろな人と関わるうちに、集客はスキルだけの問題ではないと感じるようになって……。
たとえば、教室を開くたびに人が集まる先生は、何が教室の価値なのかを分かっています。人との向き合い方や、日々の対応の仕方がとても丁寧です。 掃除をきちんとしてくれたり、運営者に対しての返信も丁寧だったりします。逆に、集客に苦戦している方は、人との向き合い方が疎かになっているんです。
そこで、今は「小口圭祐勉強会」という名で、勉強会のなかで相談や壁打ちもできる形に切り替えています。

――「小口圭祐勉強会」ですか!どのようなことを伝えているんですか。
教室運営のための方法論の話もしますが、中心は「小口の経験から学んだこと」です。「自分のためだけではなく、誰かのために動く」という利他的な考え方のお話をさせていただいています。その姿勢が、結果的に事業の成功にもつながっていくんです。
その他、レンタルスペース運営者向けの勉強会も別にやっています。SNSの活用、予約システムの構築、運営方法など、私自身が実際にやってきた集客方法もお伝えしています。
世界7大陸を旅した会社員が田舎暮らしへ。栃木県で見つけた新しい仕事

――プロフィールを拝見したところ、もともとは旅行会社に勤めていたんですね。
はい。自分が勤めていた旅行会社では、旅行の企画から手配、パンフレット制作、販売、添乗まで、一通りの業務に関わっていました。朝から夜まで働くことも多かったですが、世界中の素晴らしい地をお客様と訪れながら楽しんでいただける仕事は最高でしたね。アジア、ヨーロッパ、アフリカ、北米、南米、オセアニア、南極や北極など、全7大陸を訪れました。

――そこからなぜ転職を?
もともと、会社員ではなく自分の力で働きたいという思いがありました。田舎暮らしをしたい、東京以外で子どもを育てたいという気持ちもあって。そこにコロナ禍が重なり、当時の業務がリモートになったことから、長年考えていた地方移住を決意しました。その後、栃木県佐野市に移住しました。
――そこから今のお仕事を始めたんですか?
いいえ、最初はホームページとデザイン制作の会社に就職し、ディレクターとして地域の会社のホームページ制作をディレクションしていました。会社や社員の皆さんはとても志が高く、やりがいのある仕事でした。ただ、組織のなかで働くよりも、自分で事業を作りたいという思いが強くなっていき、2020年11月で退社。翌月からマインドやコーチング系の発信を始めました。
YouTubeやラジオ、ブログを毎日更新しながら、次にできることを模索していました。そんなとき、インフルエンサーであるイケダハヤトさんが「レンタルスペース事業がアツい」と発信していたんです。俄然興味が湧き、レンタルスペース業界で知らない人はいない、みつさん(河野光孝さん)に連絡してすぐにコンサルを依頼しました。そして、その55日後、超スピードでオープンに漕ぎつけました。

――スタートさせてからは順調でしたか?
それが……とっても苦戦しました。教えていただいた方法で土台の仕組みが整い、受け入れ体制は万全でしたが、田舎ではそもそもレンタルスペースを利用する文化がなかったのです。
実は当時、かなり厳しい時期がありまして。2020年4月には口座残高が97円まで落ち込んだこともありました。その後、同年7月に転職と移住をして、240万円あった借金を退職金で返済。12月に独立した時点では、手元に100万円が残っていました。
「これでしばらく生活できる」と思っていたんですが、2021年2月の1店舗目オープンで、その100万円を全部突っ込んでしまって。気づけばまた口座残高はほぼゼロです。

――初月の売り上げはいくらだったんですか?
4900円です。絶望しました。
ただ、ある日、「ダンス教室として使えますか?」とお問い合わせがポンと入って。教室であれば毎週使ってもらえるだろうという考えから貸し出したんです。そこから立て続けにダンス関連の利用者さんの相談を受けるようになり、先ほど話をした「教室開催プラン」へとつながりました。気付けば開始6カ月で当初目標にした利益15万円を達成していました。
――そのときから、「挑戦したい人の背中を押したい」という思いはあったのでしょうか。
ありました。そもそも旅行会社時代から、「旅行を通して充実した時間を過ごしてもらいたい。心地よい空間を演出したい」という思いで仕事に向き合ってきました。今お伝えしている「挑戦を後押ししたい=充実した時間を過ごしてほしい」という思いも、その延長線上にあります。やりたいことの根っこは、昔からずっと変わっていないんです。
店舗は増えたのに、利益は残らない……。自己流経営の限界からUBMへ

――北原さんとはいつ出会ったのですか?
YouTubeで知ったのが2022年の秋頃で、同年12月にUBMへ入会しました。ちょうど1号店のオープンから1年半ほどで3店舗目として100平米ほどの大きな店舗を作ったのですが、計画が甘くて経費がかさんでしまって。全店舗の収支管理も崩れてきて、自己流の限界を感じたんです。体系的にビジネスを学ぶ必要があると思ったのが、入会のきっかけでした。

合宿初参加は2023年1月28日、私の38歳の誕生日です。当時は、会場の東京に行く交通費にも困るくらいの経済状態で、電車代の捻出もギリギリでしたが、なんとか3カ月に1回通っていました。
北原さんに壁打ちしていただくなかで、マニュアル化や仕組み化が進み、運営が自動で回る状態は作れました。ただ、だんだん「それだけ」になっていって。うまくいく方法ではあったのですが、新しい変化は少なかった。FCや大阪出店にも挑戦しましたが、手応えとしては停滞感があって……。
――店舗は増えていて、売り上げも伸びているなら、順調に見えますよね。
それが、ダメなんですよね。店舗数を増やせたし、仕組み化は成功させたので、運営自体は回りました。ただ、出店費用や家賃が重なり、利益は思ったほど残らなかったんです。今思えば、店舗を作りすぎていたんだと思います。しかも、法人化したので、固定費や税務負担が増えて状況が厳しくなりました。

――その状況から、どう立て直していったんですか。
まずは、毎月UBMに通い、1カ月単位で行動を管理するようにしました。毎月やることを決めて動くようになってから、少しずつ変わっていきました。店舗を増やすのはやめて、今ある店舗をちゃんと整えよう。このように焦らず一つずつ整えていったところ、事業が上向きになっていきました。
――問題が出ているところに向き合って、必要な行動をやり切ることが大事だったということですね。
そうかもしれません。あとは、一軒一軒のレンタルスペースへの思い入れが薄れていたことも失速の原因だったと思います。 最初はレンタルスペースを利用する先生たちと直接会い、話を聞くことで集客につながっていました。でも店舗を増やすうちに、栃木県から距離のある店舗ほど利用者さんと会う機会が減り、仕組みだけで回そうとしていたんです。自分がなぜ集客できていたのか、当時は分かっていませんでした。ちゃんと人と向き合うことが大事だったと、今なら分かります。
「本気を出したのはいつ?」あの頃の本気が、今の自分を動かした
――店舗を増やしていくなかで、経営に対する考え方も変わっていったのでしょうか。
はい、急拡大しようと焦りすぎていたんだと思います。今は直営を増やすより、仲間とともに挑戦し、全国に拠点を作っていく方向に切り替えました。当時は田舎のレンタルスペースが地道に知られていく時間を「待つ」ということができなくて、コンサルや講座、自動化、広告と、いろんな方法に手を出していました。

――北原さんからの言葉で、小口さんの心に刺さったものはありますか。
2025年5月の弟子合宿で言われた「小口さんが、最後に本気を出したのはいつなの?」という一言です。すぐに答えようとしたけど言葉が出てこなくて、気づいたら号泣していました。なぜ「今です」と即答できなかったんだろうと……。
思い返すと、本気の挑戦をしたのは中学生の頃のことで、それ以来ずっと本気を出せていなかったんだと気づかされました。
――最後に本気を出したのは中学生の頃だったんですね。ちなみに何に対してだったんですか?
ハイパーヨーヨーです。第1回目と第2回目の関東大会で2連続優勝、第1回目の全国大会では2位になったんですよ。
――それはすごいですね!!
でも、この結果は本当に悔しかったんです。当時は大会で優勝するために、使えるすべての時間を練習に注いでいましたから。糸が食い込んで指にタコができ、左手は血だらけ。ヨーヨーが当たって、手足には青アザがたくさんできました。
でも、今でも思い出すと涙が出るほど、そのときは本気だったんです。だからこそ、「あの頃の基準値で、また本気で挑戦したい」と強く感じました。

――当時の本気度と比べて、今の自分はどうなんだろうと思ったんですね。
そうです。事業を始めて何年も経っているのに、あの頃ほど本気でやり切れていないんじゃないかと。もう一度、本気の挑戦をしたい。そう心に決めたら、自分の言動が変わっていきました。
今でも忘れられない出来事があります。UBMの東京合宿で参加者が300人以上いるときの質問タイムで一番に手を挙げて、北原さんに「一緒に事業を作らせてください!」と伝えたんです。「北原さんがこれから進めようとされていることには、必ず人が集まれる拠点が必要になるはずです。私がその拠点をレンタルスペースとして運用すれば、コストを抑えながらみんなが集まれる場所を作れます」と。そうしたら北原さんが「小口さん、よく言ったね。俺のところに来な」と言ってくれたんです。 体の奥から震えるものがありました。
――泣けますね。
はい……!その後、北原孝彦アカデミー(※)(以下、アカデミー)入会の面談につながりました。
その頃から、UBMの支部会にも携わらせていただいています。群馬支部会のサポートで声をかけていただいてから、UBM内でも周りの人と話せるようになってきたんです。群馬支部会の副支部長を経て、栃木支部会を立ち上げました。
今では、地元の栃木県佐野市で塾を運営する石川恵理さん、同じく佐野市でネイルサロンを経営する小茂田彩乃さんとともに、毎月栃木県内で開催しています。地元の起業家や経営者が一人で悩まず、気軽に相談できる場として育てていきたいと思っています。
※北原孝彦アカデミー:UBM(ビジネス行動管理大学)の学びをベースにしながら、北原孝彦のより近くで学ぶ区画。北原氏が直接指導にあたる。メンバーは経営スキルだけでなく、人としての在り方を学ぶ。

――小口さんから見て、北原さんはどんな存在ですか。
一言で表すなら、人生のメンターです。特にありがたいのは、待ってくださることですね。自分が宣言通りの行動や結果になっていないときは、正直北原さんに会うのが気まずく、報告もしづらいです。そんなときでも、北原さんは「待つよ」と言葉にしてくださるんです。
その姿勢を、自分も関わる人に向けていきたいと思っています。今は教えていただく立場ですが、いずれは北原さんと横並びで話せる関係になりたいと思っています。
作りたいのは、みんなで少しずつ成長していける優しい世界

――現在、小口さんも「待つ」ということを実践しているのでしょうか。
はい。コンサル生への関わり方で意識していることです。こちらが「あなたにこうなってほしい」と決めるのではなく、その人がなりたい状態になれるまで待つ、というイメージですね。
多くの人は、まだ本当のなりたい状態が分かっていないです。例えば、「年商1億円を達成したい」と掲げたとしても、本当に目指すべきはそこではないかもしれない。だからその仕事は誰のためにあるのか、誰と生きていきたいのかを、一緒に考えていくんです。すぐに結果を出さなくていい。1年、5年、10年、それ以上かけて、一緒に進んでいけばいいと思っています。

――今すぐ分からなくてもいいし、分かるまで待つ、という感覚に近いのでしょうか。
近いかもしれないです。正直、自分でもまだ分かっていないことはありますが、北原さんから学んだ考え方を伝えることで、相手にも気づきが生まれることがある。そうやって、みんなで少しずつ成長していけたらいいなと思っています。作りたいのは、そんな「優しい世界」なんです。
――小口さんにとって、自分の役割はどこにあると考えていますか。
誰かをサポートするところに役割があるんだと思います。今はUBMでコンシェルジュのような役割として、メンバーが困っていることを聞いて、次に行くべき場所をアドバイスしたり、課題の整理のご相談を受けたりする関わり方をさせていただいています。 「困ったら小口」と覚えてもらえる存在でありたいです。
また、先日は「北原孝彦アカデミーフェス2026」で全体進行の役割をさせていただき、実行委員として関わらせていただきました。多くのアカデミーメンバーの方とお話しさせていただくなかで、やはり人と関わりながらサポートさせていただくことが得意であり好きだと感じています。アカデミーメンバーの事業を応援することが、地域や社会を良くすることにつながると信じています。

そして「困ったら小口」という関わり方そのものが、自分の事業になっていけばいいと思っています。仕組みによる効率化を追い求めた時期もありましたが、結局自分が一番力を発揮できるのは、人と深く丁寧に関わっているときでした。誰かが迷ったとき、行き詰まったとき、「小口に話してみよう」と思ってもらえる存在であり続けること。その積み重ねの先に、自分が作りたい「優しい世界」があると信じています。

取材を終えて
小口さんは、不思議な魅力を持つ方です。礼儀正しくジェントルマンなのですが、突如シュールな笑いを繰り出して、その場にいる人たちを和ませます。アカデミー生のなかで、間違いなくお笑いレベルNo.1だと思っています。
「困ったら小口」というキャッチフレーズは、まさに小口さんそのもの。現在のレンタルスペース運営を起点に、これからどんな展開を見せてくれるのか目が離せません。そして次にお会いするときの新作ギャグも、今からひそかに楽しみにしています。
(記事制作:ひとひら企画/インタビュアー:渡辺まりこ、人生の軌跡グラフ制作:Emodea・相場綾香)
※掲載情報は2026年5月現在のものです。最新情報は公式サイト等をご確認ください。

