【フットケアサロン経営|柿原恵美】技術はあるのに届けられない。葛藤を抱えた看護師がサロンを開くまで

大阪でフットケアサロン「フットケアPoDoLo」を運営する柿原恵美さん。魚の目やタコ、巻き爪、厚くなった爪など、足のトラブルに悩む人のケアを行っています。大切にしているのは、痛みを取るだけでなく、靴の履き方や歩き方、セルフケアまで伝え、いつまでも歩ける足をつくること。看護師として高齢者の足に触れたことからフットケアの必要性を感じる一方、職場では思うようにケアできない時期もありました。

必要な人にケアを届けたいという思いで、知人のヘッドスパサロンの一角から始めたフットケア事業。フットケアの大切さを伝え続けることで、今では「技術を教えてほしい」という人が集まるようになりました。柿原さんが起業するまでの歩みと、今大切にしている思いを聞きました。

フットケアで、いつまでも歩ける足を

―― まず、柿原さんのお仕事の内容を教えてください。

大阪で「フットケアPoDoLo」というサロンを運営しています。足のトラブル全般を見ていて、魚の目、タコ、角質、かかとのガサガサ、巻き爪、厚くなった爪などに対応しています。

女性専用サロンですが、お客様のご家族やお知り合いであれば、男性の方もお受けしています。お客様の悩みとしては、魚の目や巻き爪の痛みがあって来られる方もいれば、爪がうまく切れなくて歩きにくいという方もいます。

足の裏は自分であまり見ない場所なので、痛くなってからトラブルに気づく方も少なくありません。できれば痛みが出る前から、足をケアする習慣を広めたいと思っています。

―― サロンでは、どのようなケアをしていますか?

魚の目や巻き爪などで痛みがある場合は、痛みの軽減を目指すケアを優先します。ただ、削ったり補正したりするだけでは、また戻ってしまうんです。

足のトラブルには、日々の歩き方や靴の履き方など、生活習慣が関係していることも多いと考えています。だから、ケアするだけではなく、習慣を整えることが大切です。

フットケアの意識を高めるため、月1回お客様向けの勉強会を開催しています。座学で「なぜタコや魚の目ができるのか」「なぜ歩くことが大切なのか」といった理解を深めるとともに、筋力トレーニングなどを行っています。

――なぜ生活習慣まで伝えるのでしょうか。

私がフットケアサロンを立ち上げたのは、「いつまでも歩ける足を作りたい」という思いがあるからです。だからこそ、フットケアだけではなく、生活習慣を整えることもお伝えしています。

――フットケアで、変化を感じたお客様はいますか。

70代のある女性は、20年近く魚の目を抱えていました。初めて来店したときは痛みで歩くのもやっとという状態でした。しかし、ケアを続けることで痛みが和らぎ、スムーズに歩けるようになったんです。その様子を見た娘さんが「歩き方が変わってきた」と喜んでくださったのが、印象に残っています。足のケアは生活そのものに関わるものだと実感しました。

――変化が実感できるまでは、どれくらいの期間がかかりますか?

人によりますが、深い魚の目の方だと、半年ほどかかることもあります。もっと早い段階、たとえば「なんか皮が硬くなってきたな」という時点で来ていただけると、変化も出やすくなります。

理想としては、痛くない時点でケアすることです。しかし、痛くないときは足に意識は向きづらいもの。だからこそ、トラブルが少ない若い方にも、早いうちから足に意識を向ける大切さを伝えていきたいと考えています。

看護師として身につけた、人に向き合う姿勢

―― ここからは、柿原さんのこれまでを伺います。看護師を目指したのはなぜですか。

高校2年生の冬頃から進路を考え始めました。最初から看護師に強い憧れがあったわけではありません。薬剤師ってかっこいいなと思ったり、美容師もいいなと思ったりしながら、学費などを現実的に見ていくなかで、看護師という道にたどり着いた感じです。

看護専門学校に進学する推薦をもらうために、高校3年生から必死に勉強しました。朝早く学校に行って勉強して、休み時間は先生に質問して、授業も一番前の席で受けて。人生のなかで一番勉強したかもしれません。その努力が実って、無事に進学できました。

――看護師として働き始めて、どのようなことを感じましたか。

看護学校卒業後は、消化器内科病棟で働きました。胃潰瘍や膵炎のような急性期の方もいれば、末期がんや肝硬変などで亡くなっていく方もいる病棟です。

もともとの私は、今の私を知っている人には信じてもらえないほど、おとなしいタイプでした。でも看護師になると、患者さんやご家族と向き合わなければいけません。たとえば、末期がんの告知を受けた後の患者さんの部屋に入ることもあります。何を話すのか、話さない方がいいのか。そういう場面で、相手に寄り添うことを考えるようになりました。コミュニケーション力がかなり磨かれたと思います。

――印象に残っていることはありますか。

1年目の頃、患者さんが亡くなって私も泣いてしまったことがありました。そのとき先輩から、「本当に悲しいのは家族さんやから、サポートする側にならなあかん」と言われたんです。その言葉は今も残っています。

「この爪、どう切ればいいの?」高齢者の足から始まった学び

―― それから、ずっと看護師を?

いえ、少し違う道に進んだ時期もあります。

看護師3年目のときに料理教室に通い始めて、夢中になりました。消化器内科で働いていたので、食生活の乱れやお酒の影響で病気になる方も見ていました。食事の大切さを痛感したので、それを伝えたいという思いが強くなり、料理教室の先生になることを目指して看護師を辞めました。

料理教室の先生になるため何度か面接を受けたのですが、面接の最終段階で落ちてしまって。その後、再び看護師として病院で働き、結婚と出産を機に27歳から専業主婦になりました。

――そこから、再び働き始めたのはいつ頃ですか?

下の子が1歳過ぎた、31歳のときです。デイサービスで看護師として週3日のペースで働き始めました。そこで、高齢者の足と出会うことになります。

デイサービスでは、入浴後に薬を塗ったり、靴下を履かせたりする中で、利用者さんの足を見る機会が多くありました。そのときに「看護師さん、爪切ってや」と頼まれるんです。

でも、見たことがないくらい厚くなった爪や、普通の爪切りでは切れない爪があるんです。「この爪、どう切ればいいの?」と悩みました。看護学校では、高齢者の難しい爪の切り方までは学ぶ機会がなかったからです。現場で困って、初めてフットケアの必要性を感じ、学び始めました。

――どのように学び始めたのでしょうか。

職場の上司に相談したところ、研修としてフットケアの入門講座を受講させてくれました。とても勉強になったのですが、同時にもっと本格的に学びたいと思うようになりました。でも、本講座の費用は約40万円。子どもがいて、パートで働いている自分に、本当に必要なのかと1年間悩みました。

でも、ずっと「学びたい」という気持ちが残っていたんです。周りに相談したところ「自分の人生なんやから、やりたいことを我慢せんとやったら」と背中を押されたこともあって、もう一度問い合わせて、本講座に申し込みました。

―― フットケアを学び、どう進んでいったんですか。

学ぶからには絶対に自分のものにしようと思いました。学んだフットケアを身につけるため、近所のママ友5人に「足貸して!」と声をかけ、夜8時に自宅に来てもらってフットケアの練習をしたこともあります。

ただ、ママ友は30代、40代なので、大きなトラブルは少ないんです。やっぱり高齢者の足を見たいと思って、職場に相談しました。すると上司が、デイサービスの利用者さんで練習できるように調整してくれて。ほどなくして併設の特別養護老人ホームでもフットケアをする機会をいただきました。高齢者の足に向き合う経験は、そこでかなり積めたと思います。

技術はあるのに届けられない。葛藤から、起業へ

――起業を考えたのは、どのようなきっかけだったのでしょうか。

実はその後離婚しまして、実家に戻ることになりました。まずは生活を立て直さないといけないと思って、実家の近くのデイサービスで正社員として働き始めました。

面接のときにフットケアができることは伝えていましたが、当時はコロナ禍。職場の方針や環境があって、自分の道具を持ち込めず十分なケアができなかったんです。目の前には足のトラブルを抱えて困っている人がいるのに、助けられない。それが一番辛かったです。その葛藤があったから、自分で届けるしかないと思うようになりました。

―― そこから、どう動いたんですか。

デイサービスを1年ほどで退職し、起業に向けての準備を始めました。当時は出張型のサービスを考えていたので、在宅介護を知るために訪問看護として働きながら、空いた時間で事業を作っていました。

ある日、長年通っているヘッドスパサロンに行って、いつものようにオーナーと雑談をしているときに、「うちの店でフットケアをしてみない?」と声をかけてくれたんです。シャンプー台が1台しかない小さなサロンでしたが、そこを間借りしてフットケアを始めたのが、サロンワークのスタートです。今の私があるのは、オーナーのおかげです。

2021年9月から始め、徐々にお客様が増えてきたため、2023年4月に自分のサロン「フットケアPoDoLo」をオープンしました。

知人の勧めで動画と出会い、本気で事業と向き合った

―― 北原孝彦さんを知ったのは、いつ頃ですか。

2023年12月頃で、知人に勧められてYouTubeを見たことがきっかけです。厳しいことを言っている救済企画の動画でしたが、厳しさの奥にある愛情が伝わってきて「この人何者なんだろう」と、心に残って。でもそれ以降は動画を見ることもなく、しばらくスルーしていました。

知人に勧められた動画

2024年になると、娘が高校受験を控えていたこともあり、サロンを本気で整えないといけないという気持ちが強くなりました。集客の方法を試したり、ノウハウを学んだりしていたときに、北原さんのSNS投稿が目に入るようになったんです。

そこで北原さんが主催するUBM(※)(ビジネス行動管理大学)が気になり始め、説明だけ聞いてみようと思い、7月のZoom説明会に参加しました。そこで北原さんの話を4時間聞くなかで、「この人から学びたい!」という気持ちが強くなり、その日のうちに入会。ほどなくして、本気で学ぶ決意をして弟子区画(※)に入りました。

※UBM(ビジネス行動管理大学):北原孝彦が代表を務めるビジネス塾。2020年に「北原の精神と時の部屋」として設立、2024年11月に現名称に改称。

※弟子区画:「3年間は挑戦から逃げない」と北原孝彦と約束した人が参加する。毎月の月報提出に加え、弟子合宿では全員が活動報告を行う。現在は募集を終了している。

―― UBMに入って、何が変わりましたか。

まず、「自分で決められない」と気づかされたことです。弟子合宿で北原さんに事業相談しているつもりが、決断を全部委ねていたんです。そこを指摘されて、「自分のことは自分で決めなさい」と言われました。言葉にすると当たり前のようですが、私にとっては大きな課題でした。

柿原さんの事業相談の様子

―― 北原孝彦アカデミー(※)(以下、アカデミー)に入会したのはいつですか?

2025年8月です。北原さんのご厚意もあり、10月には救済企画に出演しました。そこでは、経営者としての在り方について指摘を受けました。

私はもともと看護師で、目の前のお客様に向き合うこと、足をきれいにすること、痛みを取ることには一生懸命になれます。でも、それだけでは事業は続いていきません。数字を見ること、再現性を考えること、事業の土台を整えること。そういうことを捉える力のなさを痛感しました。

同時に、利他の精神をここで深く学びました。頭で分かっているのと、腹に落ちるのとは、まったく違いました。

※北原孝彦アカデミー:UBM(ビジネス行動管理大学)の学びをベースにしながら、北原孝彦のより近くで学ぶ区画。北原氏が直接指導にあたる。メンバーは経営スキルだけでなく、人としての在り方を学ぶ。

柿原さんが出演した救済企画

利他の精神で、ビジネスだけではなく家庭関係まで変化

―― 具体的には、どんな変化がありましたか?

日常生活の行動から変わりました。サロンが入っているマンションでは、大家さんがごみステーションの草抜きをしてくださっています。以前から「ありがたいな」「私もした方がいいな」とは思っていましたが、実際には動けていませんでした。

北原さんから利他の精神を学ぶなかで、あるときから、ごみ捨てのついでに草を抜くようになりました。すると大家さんが「ありがとな!」ってとても喜んでくださって。自分から動くことの大切さを再認識した出来事の一つです。利他の精神を実践することで、家族の関係にも変化が生まれました。

―― どのような変化ですか?

家族の時間を潰して仕事ばかりしていたので、北原さんからは「娘さんとの時間をちゃんと取りなさい」とずっと言われていたんです。

娘との時間を意識して取るようになったら、関係性がいい方向に変わりました。それだけではなく、日々のコミュニケーションのなかで北原さんが伝えている原理原則の話をしていたら、娘が自分で考えるようになって、しっかりしてきたなぁと成長を感じています。

仕事だけではなく、家族の関係まで変えてくれた北原さんには、感謝してもしきれないですね。

―― 現在、サロン以外にも活動していることはありますか。

看護師に向けてフットケアの技術講座を開催しています。

高齢者に関わる看護師で、フットケアに悩んでいる方は少なくありません。「フットケアを教えてほしい」という要望が多く寄せられたため、技術を教えています。

その他、フットケアに興味がある方のコミュニティを作り、定期的に勉強会などを開催しています。ここでは、フットケアの知識だけでなく、私がUBMで学んでいる原理原則もお伝えしています。

フットケアを当たり前の世の中にするために

―― これからの目標を教えてください。

私の最終目標は、フットケアを当たり前の世の中にすることです。サロンを無理に広げたいというより、困っている人にフットケアが届く状態を作りたいと考えています。

フットケアに取り組みたい看護師はいますし、技術を持っている人もいます。でも、職場で提供できなかったり、どう事業にしたらいいか分からなかったりするんです。そういう人たちを応援することが、私の目標にもつながると思っています。

講座生のなかで「サロンを開業したい」と言う人がいれば、私のサロンのノウハウを伝えたいと考えています。出張フットケアや施設での関わり方も、まだ課題はありますが、できる形を探していきたいです。

――最後に、柿原さんにとってフットケアとはどのようなものですか。

足は、その人の生活を支えているものです。痛みがなくなって歩けるようになると、行動も気持ちも変わります。だからこそ、ただ足をきれいにするだけではなく、その人がこれからも歩いていけるように支えたいです。

ただ、私一人でできることには限りがあります。フットケアを必要としている人に届けるために、学びたい人を育て、応援していきたいですね。

目の前の人の足を整えることと、フットケアを届ける人を増やすこと。その積み重ねで、フットケアが当たり前の世の中になっていけば嬉しいです。

フットケアサロン経営|柿原恵美

フットケアPoDoLo 公式サイト
Instagram「柿原 恵美|看護師のためのフットケアコミュニティ」
instagram「フットケアPoDoLo大阪市北区|魚の目 巻き爪 分厚い爪|足トラブル専門」
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取材を終えて

「今の私を知っている人には信じてもらえないほど、おとなしいタイプだった」。そう笑う柿原さんは、今や会うだけでこちらが元気になるようなエネルギーの持ち主です。テンポのいい関西弁が印象的!

「いつまでも歩ける足を作りたい」という想いの強さが、言葉の端々からにじんでいました。好きなことにまっすぐで、困っている人を放っておけない。私も、こんなふうに全力で人に向き合える人でありたいなと思いました。 

(記事制作:ひとひら企画/インタビュアー:渡辺まりこ、人生の軌跡グラフ制作:Emodea・相場綾香)

※掲載情報は2026年7月現在のものです。最新情報は公式サイト等をご確認ください