【スクール運営|梅原けい】人生への絶望から転身したフードコーディネーターが、人と向き合う経営者に変わるまで
「食のクリエイティブスクールMia」を運営する梅原けいさん。栄養の知識や料理の経験を活かしたい女性をゼロからサポートし、累計約500名が学ぶスクールへと育ててきました。企業向けの料理動画制作やレシピ開発も手がけています。
大手企業からコンテンツ制作の依頼を受けるなど、順調に事業を展開している梅原さんですが、ここに至るまでにはいくつもの転機がありました。人生への絶望をきっかけにフードコーディネーターに転身するも、企業との契約終了からセブ島へ留学。仕事をすべて手放した時期もありましたが、食の世界に戻り、スクールを立ち上げます。
そんななかで出会ったのが北原孝彦さんでした。人との向き合い方や経営判断について学び、スクールの生徒や講師と絆を深めながら事業を拡大しています。
「食のクリエイター集団として活躍の場を広げたい」と話す梅原さんに、これまでの歩みを聞きました。
Webが苦手でも1年で仕事にする「食のクリエイティブスクールMia」

―― 「食のクリエイティブスクールMia」は、どんなスクールなのか教えてください。
料理や栄養に関する副業・起業をしたい女性のために、「食の在宅ワーク」の方法を教えるスクールです。主婦や会社員など、20代〜60代の方まで幅広くご参加いただいています。入会されるのは、栄養士や管理栄養士の資格を活かしたい方や、趣味の料理やパン作りを仕事にしたい方が多いですね。
―― 「食の在宅ワーク」には、具体的にどんなものがあるのですか?
オンライン料理教室や料理系SNSの運用代行、料理動画制作、レシピ開発、食事指導、食のコラム執筆など、いろいろな種類があります。それらの方法・手順をお伝えし、実際に仕事にするところまでサポートしています。
――スクールでは、具体的にどんなサポートを受けられるのでしょうか。
オンライン料理教室講座やフードライター講座、料理動画講座など、10種類以上の講座をすべて自由に受講できます。講座の最後に提出する課題は、個別に添削しています。
1対1の壁打ちや、オンラインでのグループレッスンも実施していますね。対面での勉強会も毎月1回以上開催しています。5名の講師が、それぞれの得意分野を活かして指導を担当しています。

――スクールを受講できるのは女性限定とのことですが、どんな意図が?
「食を通して自立する女性を増やす」というのが、Miaのコンセプトなんです。ママさんが授乳しながらレッスンを受けたり、化粧をしていなくても隙間時間にレッスンに参加したりと、かしこまらずに参加できる。そのハードルの低さは、女性限定にしている大きなメリットだと思っています。
――受講期間はどの程度なのでしょうか。
1年間です。少し長めに感じるかもしれませんが、何を仕事にするか決まっていないうえに、Webが苦手な状態からオンラインで在宅ワークができるようになるまでサポートするには、1年程度は必要ですね。
私たちは、どんな仕事が生徒さんに向いているか、人生プランを考えるところから伴走します。また、Miaのもう一つのコンセプトは「Webが苦手な人でも在宅で食の仕事ができるようになる」こと。実際に、パソコンを持っていないような初心者の方が多く入会されています。
――1年経つと、大きく成長する人も出てきそうですね。
はい。パソコンを持っていない状態から始めて、フリーランスとして独立し、会社員時代の収入を超えた方もいます。月20万〜30万円ほどの収入を得ている方が多いのですが、一定の経験や実績があると月商70万円以上になるケースもありますね。
Instagramのアカウントを持っていないところから、フォロワーが10万人を超える料理系インフルエンサーになった方や、レシピ本を出版した方もいます。
撮影スキル×マーケティングを武器に、企業の「売れる」を作る
――スクール運営と並ぶもう一つの事業の柱が、食のコンテンツ制作ですね。
はい。料理動画制作やレシピ開発、食に関するSNSコンテンツ制作などを、クライアントとなる企業の求めるところに合わせて提供しています。
――求めるところ、とは?
最も大きいのは、販促です。SNSや公式サイトでの、販促につながる自社商品の見せ方を一緒に考え、それに合わせてコンテンツを制作します。

――具体的にどんなことを行うのでしょうか。
例えば、有名飲食チェーン店のために、Instagramに投稿する料理動画のリールを制作したことがあります。企画から動画の撮影、編集まで丸ごと引き受けました。
スーパーマーケットからは、プライベートブランドの商品を使った販促用レシピの開発をよくご依頼いただきます。ご提供したレシピは公式サイトに掲載されたり、レシピカードになってスーパーに設置されたりしています。今は飲むヨーグルトを使ったレシピを考えているところです。以前はそうめんやカレー粉末を使ったレシピを開発したこともありますね。

――梅原さんが考える「他社との違いや強み」は何ですか?
料理の撮影スキルとマーケティングの知識の両方を持っていることです。私たちには、プロのフードコーディネーターやカメラマン、動画編集者による、料理を最上級においしそうに見せる技術があります。そこに、Webマーケティングの知識を掛け合わせられるのが強みです。
そのほかは、費用面ですね。一般的に料理動画コンテンツの制作費は高くなりがちですが、経験を積みたいMiaの生徒さんに制作の一部を担っていただくことで、比較的価格を抑えられています。
――フードコーディネーターやカメラマン、動画編集者、スクールの生徒さんなど、いろいろな方が関わっているんですね。
はい。現在スクールに在籍しているのは約100名、卒業生を含めると500名ほどです。パティシエもいれば、お手軽料理が得意な主婦の方、健康レシピを制作する管理栄養士の方もいます。和食や中華、フレンチから、マクロビ、ヴィーガン、発酵料理までさまざまな専門家がいるので、ジャンルを問わず幅広く対応できます。
「このまま人生終わるの?」満員電車での絶望から始まったフードコーディネーターの道
――梅原さんが「食」に興味を持つようになったきっかけについて教えてください。
高校時代に太ったことがきっかけです。食の知識がなかったので、痩せようと思ってカロリーメイトばかり食べたり、カロリーゼロの食べ物だけを選んだり……結局栄養が取れないので、反動で食欲が爆発してまた食べてしまう、ということを繰り返していたんです。そのなかで栄養の大切さに気づきました。
それに加えて、当時は少し摂食障害気味で、食事のことを人一倍考えていた時期でもありました。そうした経験から食や栄養への関心が高まり、大学は栄養学科へ進んで栄養士の資格を取りました。
――卒業後はどんなお仕事を?
食品系の商社に就職できたのですが、一般職だったんです。総務課に配属され、任される業務は経理やお茶出し、受付といった仕事ばかりで、やりがいをあまり感じられませんでした。
それに、当時の一般職は「結婚したら辞める」ことが前提のような空気がありました。満員電車に乗って毎日通勤するなかで、「私はこのまま結婚して、ただ主婦になるだけの人生を歩みたかったんだっけ?」と考えていたら絶望を感じて。そのときに「このままじゃいけない」と奮い立ちました。
――それでキャリアチェンジを決意したと。
そうです。自分が何をしたいのか改めて考えたときに、食に関することだと気がついたんです。会社員を続けながら、週末にフードコーディネータースクールに通い始めました。

――フードコーディネータースクールでは何を学びましたか?
料理の盛り付けや食器選びなどのフードスタイリングや、レシピ開発を学びました。そのスクールでは食に関わる仕事の楽しさを痛感しましたね。技術を身につけられたことは今でも本当に感謝しています。ただ、スクールで学べるのは技術だけで、仕事の取り方までは教えてくれませんでした。
――そんななか、卒業後はどのようにして仕事を得たのでしょうか。
見よう見まねで、土日に単発の料理教室を始めました。そのほかにも、料理好きな人が集まって季節の食材を食べる会や、料理研究家の食事会のようなイベントに参加しましたね。
少しずつ人脈を広げていった結果、料理研究家のアシスタントや、栄養に関するセミナーの講師、ケータリングのお手伝い、メディアのフードライター、料理の撮影、レシピ開発といった仕事をいただけるようになったんです。

――順調に実績を積んでいったのですね。その後、いつ頃に独立を?
社会人3年目、25歳のときです。社会人1年目でフードコーディネータースクールに通い、2年間は副業として食の仕事をしていました。あるとき、料理コンテンツ制作会社と契約できたので、それを機に独立しました。
その後、共著でレシピ本を2冊出版しました。『節約!冷凍レシピ 決定版』と『発酵いらずのちぎりパン』という本です。当時の私にとって、フードコーディネーターとして活動するうえでの最上位のゴールが「自分の本を出すこと」だったので、それが叶ったのは大きな出来事でしたね。
――レシピ本を2冊も!それは素晴らしいですね。
ただ、料理コンテンツ制作会社の経営状態があまり芳しくなく、契約を続けるのが難しい状況になってしまって……。ほかの契約先を探そうとしたときに、自分はまだ社会人経験も少ないし、実力も足りていないと感じたんです。
そこで一度立ち止まり、海外に行ってみようと思って。それがフィリピンのセブ島でした。
仕事を手放した先にたどり着いた、スクール事業の原点
――なぜセブ島だったのですか?
働きながら英語を学べるからです。グローバルに活躍することに漠然とした憧れがあり、英語を勉強したかったのですが、留学資金がありませんでした。そのときに知ったのが、「ゼロ円留学」と呼ばれるインターン制度です。半日働くと半日英語の授業を受けられるうえに、衣食住がついているんです。
――衣食住まで!現地に行ってみて、どうでしたか?
最初は留学事業も手がけているホテルで働きました。留学に関する問い合わせ対応や、生徒を空港に送迎するアテンドなどの仕事をして、半日は英語の授業を受ける生活を送っていましたね。
広告会社でもインターンをしていたので、Web広告の知識も身につきました。これは今の事業でも役立っています。

――留学を終えた後のことも教えてください。
日本に戻り、フリーランス栄養士やフードコーディネーターの仕事を再開しました。ですが、実はまたセブ島に戻ることにしたんです。留学中に出会った人と結婚して子どもが生まれたのですが、その人がセブ島に駐在することになったので、仕事を全部辞めてついていくことにしました。
しばらくは育児をしながら、アフィリエイトブログを書く生活を送っていました。ただ「これまで頑張ってきた食に関わる経験が無駄になるのも嫌だな」という思いもあって。そのときに、日本にいなくても食の仕事はできると気づき、フードライターの活動を始めました。
――新たな方法を見出したのですね。
はい。それから、自宅で料理写真を撮影したり、料理動画を撮って自分で編集したりする仕事も再開しました。
同時に料理家として発信もしていたので、「どのように料理家になったんですか?」「海外で食の仕事をするにはどうすればいいですか?」と相談もいただくようになって。そこで、フードビジネススタートアップ講座を始めて、生徒さんへのコンサルティングを始めました。これが、現在のスクールにもつながっています。
――「講座」から「スクール」に形態を変えたのには、どのような経緯があるのですか?
コロナ禍で在宅ワークの需要が高まったのも事業拡大の後押しになったのですが、出産も大きく影響しました。
2020年に双子を出産したことを機に、セブ島から日本へ帰国。上の子はまだ1歳で、生まれたばかりの双子もいる。完全ワンオペ育児で、もう一人では無理だと思いました。そこで、これまでにお付き合いのあった人に声をかけて、講座の講師をお願いしたんです。複数の講師が在籍するようになり、2021年、32歳のときにスクール化しました。

「脳内お花畑の起業女子」から愛情を持って人と向き合う経営者に
――北原孝彦さんのことは、どのように知ったのでしょうか?
2022年にYouTubeで北原さんを知りました。当時の北原さんは、美容室を全国展開したノウハウを発信していて、私のなかでは「仕組み化のプロ」という印象でしたね。慌ただしい生活を送っていて、「とにかく仕組み化しなきゃ」と思っていたところだったので、興味を持ったんです。

――そこから「北原の精神と時の部屋」(※)に入ったんですね。
はい、YouTubeで知って1カ月後くらいに。その3カ月後には、北原さんに顧問をお願いしました。
※北原の精神と時の部屋:北原孝彦が代表を務めるビジネス塾。2020年に設立し、2024年11月にUBM(ビジネス行動管理大学)に改称。
――指導を受けて、どう変わりましたか?
当初は、仕組み化やビジネスモデルの作り方を教えてもらおうと思っていました。しかし、一番学びになったのは、人としての在り方や「経営者としてどのような視点で選択していくか」というマインド面でした。
その頃、いろいろな事業に手を出そうとしていたんです。食の分野ではあるものの、スクール事業とはターゲットが違う講座を、しかも広告費をかけて始めようとしていて。そこに北原さんからストップがかかり、「選択と集中」が大事だと教えていただきました。

※UBM(ビジネス行動管理大学):北原孝彦が代表を務めるビジネス塾。2020年に「北原の精神と時の部屋」として設立、2024年11月に現名称に改称。
――マインド面は、具体的にどんなところが変わりましたか?
スクールの生徒さんや講師の方々との向き合い方ですね。特に生徒さんは女性同士ということもあり、相手の考え方を尊重するあまり、言うべきことが言えていませんでした。しかし北原さんを見て、愛情を持って言うべきことはちゃんと言わなければいけない、と気づかされました。
また、SNSの発信も迷走していた時期がありましたね。おしゃれなランチをしているところを投稿することもありました。そうしたら北原さんに「あなたは脳内お花畑のキラキラ起業女子ですね」みたいなことを言われたんです。
――厳しすぎる!(笑)
はい(苦笑)。しかしその言葉は、自分が成功していると見せるだけでなく、フォロワーさんや生徒さんのことをもっと考える必要があるという意味なのではないかな、と思っています。

――今は、生徒さんとどのように向き合っているのでしょうか。
私を信頼してスクールに入ってくださっているので「関わってよかったと思っていただけるように」と意識しています。
これまで、スクール事業をビジネスの視点で考えすぎていたところがありました。北原さんの考え方を知ってからは、お客様と向き合い、その人の人生を良くすることが大事だと考えるようになりました。生徒さんが本当にやりたいこと、伝えたい思いを引き出して、「好き」を長く仕事にできるようサポートしていきたいです。
一人からチームへ。食のクリエイター集団として社会と関わる


――今後、梅原さんが取り組んでいきたいことを教えてください。
栄養士やフードコーディネーター、食に関わるインフルエンサーをMiaというチームに束ね、食のクリエイター集団として、社会に何か大きなことをしていきたいと思っています。
――具体的には、どんなことでしょう?
まず、コンテンツ制作を丸ごと引き受けられる強みを活かして、困っている事業者さんを助けられると思っています。それから、プロの栄養士・管理栄養士集団として、健康やダイエットに悩んでいる方々の力にもなりたいですね。
食は、社会を支える大事なもの。食を通じて人の輪をつなげたり、健康を守ったりすることに、大きく取り組んでいきたいです。
取材を終えて
かわいらしい雰囲気の梅原さんですが、出てくるエピソードはどれも豪快でした。満員電車で人生に絶望した勢いで、会社員を続けながらフードコーディネータースクールに通い始め、25歳で独立。契約先の経営が傾くと、迷わずセブ島へ渡ります。
さらに、双子出産後の完全ワンオペ育児の真っ只中に、講師を集めてスクール化を決断。普通ならまず休みたくなる場面で、次の一手を打っているのです。ぐんぐん突き進むスピード感に圧倒されました。この姿勢があるからこそ、たくさんの人が梅原さんに憧れ、ついていきたいと思うのだろうなと感じています。
(記事制作:ひとひら企画/インタビュアー:渡辺まりこ、人生の軌跡グラフ制作:Emodea・相場綾香)
※掲載情報は2026年7月現在のものです。最新情報は公式サイト等をご確認ください。

