【整体院経営|小田嶋庸介】祖父の教えを胸に。目の前の人を一人ずつ救い続ける若き整体院経営者の軌跡
理学療法士の小田嶋庸介さんは「整体院 晴々」を経営するかたわら、技術や経営のセミナーを開催するなど多岐にわたって活動しています。
22歳で生まれ育った新潟を離れ、東京のリハビリに特化した病院で実践を積んだ後、26歳の頃に故郷に戻り「整体院 晴々」を開業。貯金わずか十数万円という後がない状況から、真冬の雪のなかで1万枚のチラシを配り歩くなど「持てるエネルギーの120%を投下した」と語る小田嶋さん。その結果、オープンしてわずか3カ月で月商100万円を達成しました。
その後、事業をより軌道に乗せるため北原孝彦氏のUBM(※)に入会し、現在では直営店・フランチャイズ合わせて全国に19店舗を展開。加えて、UBMの認定講師や地元・新潟での起業家支援などを通じて、多くの人々を導いています。そんな小田嶋さんのこれまでの歩みをお聞きしました。
※UBM(ビジネス行動管理大学):北原孝彦が代表を務めるビジネス塾。2020年に「北原の精神と時の部屋」として設立、2024年11月に現名称に改称。
「重心」で慢性痛を改善。全国へ広がる整体院グループ

――経営している「整体院 晴々」について教えてください。
腰や膝、肩や首など慢性的な痛みの改善に特化している整体院です。お客様の男女比は半々ほどで、40代以降を中心としつつ、上は90代まで幅広い年代の方にご来院いただいています。
施術の軸にしているのは「重心」です。筋肉が硬くなったり、関節に負担がかかったりする背景には、体の重心のズレがあると考えています。重心が偏ることで特定の部位に負担が集中し、それが筋肉の硬さや痛みにつながっていく。そのため、痛みのある部分だけにアプローチするのではなく、重心を整え、体全体のバランスを改善していくことを大切にしています。
――施術後も重心がずれないよう気をつけて生活しないといけないのですか?
いえ、お客様に日常生活で気をつけていただくことは特にないんです。要は、重心がずれていない状態を体に慣れさせることが大切なので、5~10分歩くなど軽く運動するだけで大丈夫です。

――手軽で驚きました。整体院は現在、何店舗展開していますか。
直営店が8店舗、フランチャイズが11店舗です。加盟店の多くは、「お客様の症状が改善しない」と悩み、うちへ技術を学びに来た方々です。向上心のある方に「うちで独立する手もありますよ」と背中を押し、直営店やフランチャイズを展開する仲間を少しずつ増やしていきました。
――晴々の仲間としてオープンした方たちは、どういった成果がありますか?
加盟前の売り上げが40〜60万円だった方が初月から180万円を超えたり、月の稼働日数が10日ほどで160万円を達成したり。副業から始めて売り上げが60万円を超えた方もいます。集客は本部が担っているため、施術に専念できる環境が整っており、それが成果にもつながっています
技術・経営・人生の本質に向き合う「重心整体合宿」

――「お客様の症状が改善しない」と壁にぶつかるセラピストって、一般的に多いのでしょうか。
多いです。業界の課題として挙げられるのが、施術の方法ばかりを学んでしまっていることです。もちろん施術も大切ですが、その前に重要なのが検査です。どこに問題があるのかを把握できないまま施術を続けても、なかなか改善にはつながりません。だからこそ、まずは検査によって体の問題をきちんと見つけることが大切だと考えています。
――どのような検査を行うのですか?
例えば肩に痛みがある場合、単に「どこが痛いですか?」と聞くだけではなく、実際に肩を動かしてもらいます。本来どこまで上がるのか、左右で動きに違いがないかを確認して、「左はここまで上がるけれど、右はここまでしか上がりませんね」と、お客様と一緒に体の状態を見ていくんです。
そうすることで、「今はここに問題がありますね」という共通認識を持つことができます。さらに施術後にも同じ動きを確認して、「先ほどはここまででしたが、今はここまで動くようになりましたね」と変化を見ていきます。検査によって問題を見つけ、施術前後の変化まで言語化して伝える。すると、お客様にも納得していただきやすくなりますし、セラピスト自身も自信を持って施術できるようになります。
こうした本質を伝えるために、東京と大阪で「重心整体合宿」を開催しています。技術面の指導はもちろんとして、他に経営していく上で大切なことを教えています。何だと思いますか?

――大切なことですか……ミッション、ビジョン、バリューですかね?
そうです。合宿では技術だけでなく、「自分は何のためにこの仕事をするのか」「将来どうなりたいのか」といった、個人としてのミッション・ビジョン・バリューについても考えてもらいます。さらに、期限や収入など具体的な目標も設定します。
僕は、経営で大切なことは人生においても大切だと考えています。例えば、お客様を幸せにしたいのであれば、まず整体師自身が幸せであることも大事ですよね。では、自分にとっての幸せとは何なのか、そのためにどんな人生を送りたいのか。そうしたところまで掘り下げて考える座学も行っています。

――一人ひとりが自分の人生を考えていくわけですね。ちなみに小田島さん自身は、事業を通じて何を実現したいと考えているのでしょうか。
私たちが最終的に目指しているのは「医療費の削減」です。2022年度の75歳以上の国民医療費は約18兆円かかっている一方、子どもの教育費は約4兆円とされています。今後、高齢者の医療費はさらに増えていくと考えています。そうしたなかで、私たちセラピストが手技によるケアや予防という形で関われる部分はたくさんあると思っています。
祖父への思いが原点。恩返しのため理学療法士の道へ
――小田嶋さんのこれまでについてお聞きします。整体の道へ進まれたきっかけは何だったのでしょうか。
「誰かの役に立つ仕事がしたい」と思うようになったのは子どもの頃でした。祖父が交通事故で腰の骨を折ってしまい、着替えなど日常生活のふとしたときに痛そうにしている姿を見て「なんとかしてあげたい」と思ったのがきっかけです。
――おじいさまと一緒に生活していたのですか?
はい。幼い頃から両親は自営業で忙しくて家を空けることが多く、私の面倒を見てくれたのは曽祖母と祖父母でした。本当にたくさんの愛情をかけてもらったので、おじいちゃん・おばあちゃんっ子に育ちました。「曽祖母と祖父母に恩返しがしたい、役に立つにはどうすればいいか」と考えを突き詰めていき、理学療法士という仕事を知って。地元の新潟にある大学へ進学して資格を取得しました。

――大学卒業後、どのような場所で働き始めたのでしょうか。
東京にある、集中的にリハビリを行う回復期の病院に勤めました。脳卒中で体が動かなくなってしまった方や骨折の手術後の方などに、休むことなく毎日リハビリを提供するところで、ひたすら実技と実践を積み重ねていきましたね。
新潟から東京へ行ったのは、理学療法士の石福一彦さんのもとで学びたかったからです。石福さんはセラピストとして本当に素敵で、愛情にあふれている方で。大学生の頃に特別講師として来ていただいたご縁もあり、上京しました。

――石福さんの、どんなところに惹かれたのですか?
「お客様を第一優先に考える姿勢」に惹かれました。技術職って、自分が新しく習った技術をお客様に当てはめたくなったりするんです。石福先生はそうではなく、お客様が本当に求めていることを第一に提供する姿勢を一貫して持っていて。私が大学生のとき、実習先でお世話になった別の先生のご友人としてお会いしたときも、居酒屋で分厚い専門書を読んでいるような、いつでもお客様のために勉強を欠かさない方でした。

開業3カ月で月商100万円達成!仲間と共に多店舗展開へ
――なぜ、独立しようと思ったのですか。
両親が自営業だとお話ししましたが、もともとは祖父が会社の経営者で、その事業を父が継いだんです。私にとって自分で経営するのは当たり前で、だから働き始めた頃から「いずれは独立しよう」と考えていました。独立するなら自分を育ててくれた祖父たちや、生まれ育った新潟県燕市に恩返しがしたい。そう思い、26歳で故郷に戻り「整体院 晴々」を開業しました。
――開業後は順調でしたか?
開業当初は貯金が10万〜20万円しかなく、後がない状態でのスタートでした。集客も経営も分からない状態でしたが、持てるエネルギーの120%を投下し、開業3カ月目で月商100万円、4カ月目には150万円を売り上げることができました。

――120%の力で何に取り組んだのですか。
新規集客です。ホームページの作成や紹介につながるようなオフラインでの関係作り、ポスティングなどに注力しました。独立したのが1月で、雪で手がかじかむような真冬でしたが、1カ月間で1万枚のチラシを一人で配り歩きましたね。
――1カ月で1万枚!すごいですね。ほかに、集客のためにどんなことをしていたのでしょうか。
例えば、お客様が開催するイベントやお茶会に足を運んでいました。そうやってお客様との信頼関係を築いていったんです。イベントに呼んでいただけるのも、信頼していただいているからこそだと思っていたので、その信頼には応えたいという気持ちがありました。
――その後、どのような経緯で直営店やフランチャイズを展開する流れになったのですか。
自分の院で施術を続けながら、夜9時からは技術セミナーを開いていました。新潟で独立開業されていた先生たちが集まり「一緒に技術を磨いて地域を盛り上げていきたい」と仲間になってくれる人も現れて。次第に志を同じくする仲間が増えていき、少しずつ店舗を広げていきました。

――開業してから、ずっと順調ですね。
そうですね。大変だと感じたことがあまりなくて。思い返すと、業務を一人で抱え込んでパンクしそうになった時期もありましたが、直営店の方たちが「自分たちに任せてください」と率先して業務を巻き取ってくれました。本当に運が良かったんです。
――スタッフや直営店、フランチャイズの方とのトラブルも特になく?
はい、大きなトラブルはありません。スタッフや加盟店の皆さんにもご自身の人生があるので、コントロールしようとはしないんです。もちろん業務マニュアルに沿っていただくようにはお伝えしますが、合わなければご自身で判断して別の道へ進まれるので、揉めたり、こちらが感情的になったりする必要はないと考えています。
事業を拡大させた恩師・北原氏との壁打ち
――北原さんのことは、どのような経緯で知ったのですか。
北原さんを知ったのは、YouTubeで川瀬翔さんとの対談動画を拝見したのがきっかけでした。動画を見て興味を持ち、実際にUBMに入会し、北原さんに顧問(現在は募集終了)をお願いしたのが、2022年6月頃だったと思います。
――北原さんに顧問をお願いしたのはなぜですか。
現場のマニュアル自体はあったのですが「それに合う人材はどんな人なのか」という人選の設定部分が、うまく言語化できていなくて。ビジネス全体の設計においても、どこをセンターピンに据えればいいのかが曖昧だったんです。事業の根幹となる部分を言語化したくて、顧問区画に入りました。

――北原さんとの壁打ちを経て、どんな変化がありましたか?
おかげさまで直営店の数が増え、フランチャイズとしてご契約いただく方も大きく増えました。自分や会社が儲かるためではなく「採用した方がいかに活躍できる環境を作れるか」という視点で、言語化できたことが良かったと思います。
――それは具体的に、どういうことでしょうか?
自分が「どこからどこまでの人を救えるのか」を決めることです。例えば求人で考えると、「他責思考の人」と「自責思考の人」のどちらを対象にするのか。今の自分であれば、自責思考の人から関わった方が、より早くその人に豊かさを提供できます。
一方で、他責思考の人まで救おうとすると、それに対応できるだけの、より幅広いマニュアルや仕組みが必要になります。今の自分ではそこまで見きれないので、まずは自責思考ができる人を対象にした設計にする、という考え方です。
もちろん、他責思考の人が悪いわけではありません。「その人をまだ救ってあげられないのは、自分のレベルが足りないからだ」と考える。だからこそ、自分自身も成長していこうと思えるんです。
損得勘定のない愛情。メンターとしてのブレない心構え
――現在はUBM講師としても活動していますよね。どのような経緯で講師を務めることになったのでしょうか。
顧問区画で壁打ちをして1年ほど経った頃、当時の北原さんが「起業家のインフラを整える」というミッションを掲げていました。私自身も医療費削減のために、病院では救いきれない方をサポートする「第三の機関」が必要だと考えていて。そのためにはセラピストが独立開業して豊かになる必要があり、北原さんのミッションと合致していたんです。
そこで私から「何か手伝えることはありませんか」とお声がけしたところ、「UBMの講師をやってみませんか」と打診していただきました。

――講師を続けるなかで、ご自身の変化はありますか?
一番勉強させてもらっているのは、実は僕自身だと気づきました。これまで、「集客のノウハウが分からない」「リピートが続かない」「そもそも技術が分からない」といった、300人以上の方の相談に乗ってきました。そうした方々に向けて、自分の考えを何度も言語化して伝えていくうちに、それを自分自身でも俯瞰して見られるようになったんです。「やっぱり、ここは大事なんだな」と改めて気づくことも多く、人に教えることが自分自身の学びにもつながっているなと感じています。
――講師としての姿勢について、北原さんから学んだことはありますか。
「初心を忘れず、目の前の人を一人ずつ全力で救いましょう」という言葉を何度も聞いてきました。どれだけ規模が拡大したとしても、決して人と向き合う姿勢に慣れてしまわないこと。私も大事だと考えているので、北原さんのおかげで今も人との関係を大切に育めています。
――小田嶋さんにとっての「初心」は何ですか?
「自分が大切にしている思いを忘れない」です。例えば私の根源にある、おじいちゃん、おばあちゃん、ひいおばあちゃんからいただいた愛情を今でもとても大切にしていて。その愛情とは、損得勘定ではなく、目の前の人に対して誠心誠意向き合うこと。勇気を持って背中を押してあげることも、じっくりとお話を聞いて共感し、思いを共有することも愛情だと思っています。
人それぞれ、その瞬間に必要としている言葉や、かけてほしいタイミングがありますよね。メンターとして関わらせていただいている以上、一人ひとり責任を持って耳を傾け、責任を持ってお伝えしています。

目の前の人に価値貢献し続けられる人生でありたい
――整体院の運営やUBMの認定講師以外で活動していることはありますか。
新潟県の燕三条エリアで「経営塾 HI-OKOSHI」という活動をしています。地元で孤独に頑張っている経営者の方々に向けて、私が今まで歩んできた人生の道筋や考え方を共有し、ビジネスを飛躍させるためのご提案をさせていただいているんです。
――素敵な活動ですね。
私が診てきたお客様には起業家の方も多く「小田嶋さんのセミナーを受けたい」との声がたくさんあり、始めた活動です。ゴールは、まず参加者の方々に豊かになっていただくこと。最終的には、燕三条をはじめとする新潟県全体を活性化し、盛り上げる状態を目指しています。


――最後に、小田嶋さんは今後どういった生き方をしていきたいですか?
独立開業を決めて、最初に報告したのは入院中の祖父でした。体調が悪いなかだったのですが、「もうこのタイミングしかない」と病室で伝えたんです。そのときに祖父から「大事なのはお金じゃない。人とのつながりなんだよ」と言葉をもらいました。
だからこそ私は、人に対して価値貢献し続ける生き方をしたくて。壮大に聞こえますが、要は「目の前で困っている人を、一人ずつ助けられる力を持つ」ということです。自分の知識や技術、あるいは経済力や健康、時間など、自分が持っているものを提供して誰かを救う人生が送れたら、幸せだろうなと思っています。
取材を終えて
ハッキリ言って、小田嶋さんは完璧すぎる。思考がスムーズで、「やれることは全部やる」を本当にやりきっています。「真冬に1万枚のチラシを一人で配り歩いた」というエピソードをサラリと話していましたが、それって尋常ではないです。
そして、根っこには熱い愛がある。家族への愛はもちろん、自責思考で頑張ってる人には本気で愛を持って向き合っているんです。加盟店の人たちを囲い込まないところも、本当にその人のことを考えているからなのでしょうね。信念を曲げずに真っ直ぐに突き進む、そんな姿がカッコいいお方です!
(記事制作:ひとひら企画/インタビュアー:渡辺まりこ、人生の軌跡グラフ制作:Emodea・相場綾香)
※掲載情報は2026年6月現在のものです。最新情報は公式サイト等をご確認ください。
