【ネイルサロン経営|小茂田あやの】17歳での出産からサロン経営者へ。すべての女性が自立できる場所を創る
栃木県佐野市の住宅街でネイルサロン「TRUST Nail佐野店」を経営する小茂田あやのさん。丁寧な下準備による「浮かない、長持ちする技術」でお客様のお悩みを解決しています。一方で、現在は現場の施術をスタッフに任せ、集客や教育といった仕組み作りにも力を注いでいます。
そんな小茂田さんには、17歳での出産やコロナ禍でのサロン開業など、激動の日々のなかで仕事と子育てを両立させてきた過去があります。一人で施術を抱え込み疲弊していた時期に北原孝彦さんに出会い、さらに藤岡えりさんのFCモデルを導入したことで、最高月商112万円を達成し、現場からのサロンワーク卒業を果たしました。
現在は「女性の自立をサポートする」という目標を掲げ、スタッフの育成にも情熱を注いでいる小茂田さん。家族との時間を第一に大切にしながら、ビジネスの成果を出し続ける新しい働き方と、これまでの歩みを聞きました。
爪への負担を抑え「浮かない・長持ち」を叶える技術

――まずは、現在運営しているネイルサロン「TRUST Nail佐野店」について教えてください。
栃木県佐野市の住宅街で運営しているネイルサロンです。自宅敷地内のプレハブ店舗でネイルの施術を行っています。
現在はネイルサロンの経営コンサルティングを行っている藤岡えりさんのフランチャイズ(以下、FC)に加盟し、お客様のお悩みに特化したサービスを提供しています。

――小茂田さんのサロンには、どんなお悩みを抱えたお客様が来店するのですか?
「他店に行ってもすぐにネイルが浮いてしまう」と悩んでいる方が多いですね。
ジェルネイルは通常、施術してから3週間から1カ月ほどつけたまま生活します。しかし、確かな技術がないと、先端から自爪とジェルが剥がれてしまうことがよくあるんです。そうすると、お風呂で髪を洗うときに隙間に髪の毛が挟まったり、洗い物やストッキングを履くときに引っかかったりしてしまいます。
せっかく爪を可愛くしているのに、日常の動作でストレスを感じる女性は少なくありません。当店では、「ネイルが浮くことによるプチストレス」を感じない、1カ月以上長持ちするネイルを提供しています。
――ストレスが減るのは嬉しいですね。浮かない、長持ちするネイルとはどのように実現しているのでしょうか?
一番の違いは、徹底した「下準備」と「爪の負担を最小限に抑える技術」にあります。
当店では自爪を削らない「パラジェル」や、オフの際の負担を軽減する「フィルイン」という技術を採用しています。ただ爪にジェルを塗るだけでなく、その前段階のケアをどれだけ丁寧に行うかが重要です。お客様の爪を健康な状態に保ちながら、ストレスなく美しいネイルを楽しんでいただけるようにしています。


――ところで、下準備とは具体的にどのようなことを行うのでしょうか。
爪の周りには甘皮などの角質が残っているので、それをしっかりと取り除きます。さらに、自爪の表面に凹凸がない状態を作り、ジェルと自爪がぴったりと密着するように整えていきます。
ネイリストの技術は十人十色で、この辺りは教わる先生によって方法が異なることも珍しくありません。自己流で行う方もいれば、教えをそのまま受け継ぐ方もいます。
当サロンが加盟しているFCには、下準備や爪への負担を最小限に抑えるノウハウがしっかりと蓄積されています。だからこそ、お客様がどこへ行っても解決しなかったお悩みを、私たちが解消することができるんです。
現場の施術を任せ、集客の仕組み化とスタッフ育成に注力
――現在小茂田さん自身は、何人ほどのお客様の施術を担当しているのですか?
以前は一人で月に80〜90人を担当していましたが、今は月に10人未満に抑えています。施術はスタッフに任せ、私自身はスタッフの教育や研修、ホットペッパービューティーを活用した集客など、経営と仕組み作りに専念していますね。
――現場の教育では、具体的にどのようなことを伝えているのでしょう。
カウンセリングや接客の一連の流れ、技術はもちろんですが、月に1〜2回「マインドセット」の講義をスタッフ向けに行っています。現在、2名のママさんをスタッフとして雇用しているのですが、彼女たちが職場でも家庭でも自立した女性になれるようサポートしたいんです。

――マインドセットの講義?どのようなお話をするのでしょうか。
例えば、これまでには「女性は家庭や仕事を支える土台である」というお話をしました。
採用した当初、彼女たちは技術はあるのに自己肯定感が低く、「私なんて」と謙遜しがちで……。自分一人で家事をこなし、それが感謝されないことが当たり前だと思っていたんです。しかし、私たちが生活を支える土台なのだから、もっと自信を持っていいし、周りから感謝されるべき存在だと伝えています。
ほかには「自分と周りの反応はミラーリングしている」という話もよくしますね。自分が良い行動をとれば良い人が来てくれるし、感情任せに接すれば悪い反応として返ってきます。これは接客でも、家庭のなかでもすべてに生きてくる考え方です。
――そうした教育を通じて、スタッフにはどのような変化がありましたか?
自分で自分の価値に気づき、自信を持って接客できるようになったことで、お客様から次回予約やご指名をいただけるようになりました。
さらに家庭内でも、ご主人やお子さんが自発的に家事を手伝ってくれるようになるなど、仕事と家庭の両方で大きな変化が起きています。

「この子を守る」17歳で出産した未婚シングルマザーの原点
――小茂田さんのこれまでについても教えてください。幼少期はどのように育ったのでしょうか?
父は自営業でダンプの運転手をしており、母はパートを掛け持ちして働いていました。父は夜中に出発して夕方に帰宅し、夜7時には寝てしまう生活だったので、あまり会話をする時間はありませんでしたね。
お酒も強く、昔気質の父親だったので、母に負担がかかっていることに当時は腹立たしさも感じていました。ただ、仕事を休まない姿勢ややり抜く姿は、一人の人間として尊敬していましたね。母は友達が少ない私の話をいつも「うん、うん」と聞いてくれる優しい存在でした。
――その後、17歳という若さで妊娠・出産を経験したとお聞きしました。
はい。高校2年生の春に妊娠が分かって産婦人科へ行くと、すでに心拍が確認できる状態でした。医師からは「2週間後までに産むのかどうするか決めてください」と言われたのですが、心臓が動いていると知った瞬間に「この命を絶つことはできない!」と感じ、迷うことなく出産を決めました。
実は、幼い頃から「自分は何のために生まれてきたのか」と、存在意義をずっと探していたんです。しかし、妊娠が分かったとき「私はこの子に会うために生まれてきたんだ」と腑に落ちました。まさに、私に生きる意味を示してくれた存在ですね。
出産を機に、それまで遊び歩いていた生活から180度変わり「この子を守るために頑張る」という覚悟が決まりました。
――出産後は、どのように生活基盤を整えていったのですか?
当時の交際相手とは出産後すぐに別れてしまったため、未婚のシングルマザーとして子育てをすることになりました。高校は通信制へ転校して無事に卒業。その後は職業訓練校に通って医療事務などの資格を取りました。

個人病院で正社員として働き始めたのですが、残業が多く、子どもとの時間が取れないことが悩みで……。そんなとき、母がお世話になっていたネイルサロンの方から「ネイリストになれば、時間もお金も自分でコントロールできるようになるよ」とアドバイスをもらって。
そこで病院の仕事を辞め、午前中は派遣事務、午後はアパレルの仕事を掛け持ちして資金を作りながら、ネイルスクールに通って資格を取りました。
――すごい行動力ですね!その後は、どのような経緯でサロン開業に行き着いたのですか?
結婚が大きな起点ですね。ネイルの資格を取り終えた頃に、高校1年生のときに少しお付き合いをしていた元彼と偶然再会したんです。それが現在の夫にあたります。
次第に一緒に遊ぶようになり、長男が彼にすっかり懐いて「結婚してほしい」「パパになるならこの人がいい」とお願いされて。息子が選んでくれたこともあり、元彼と結婚して自分のサロンを開業することに決めました。

コロナ禍の開業。家族全員で分担する「家事・仕事両立」の仕組み
――結婚を機に開業したのですね。最初はどのような環境でスタートしたのでしょうか?
アパートの一室で始めたのですが、ちょうど開業した2020年が、コロナ禍が始まったタイミングでした。緊急事態宣言もあり、最初は友人に施術する程度で月の売り上げが2〜3万円という状態からのスタートでしたね。

そこから、ジェルネイル商品を開発したりオンラインネイルスクールを主催している前原さとみ先生のコンサルティングを受け、自分自身をしっかり売り出すようにしたんです。
Instagramライブで施術の様子を発信したり、SNSでお客様と深く交流したりするなかで、口コミの紹介が増えていきました。結果的に、8カ月ほどで月商50万円まで伸ばすことができましたね。

――すごいスピードですね!その後もサロンは順調に成長したのですか?
サロン運営自体は順調で、家を建てたタイミングで自宅サロンに移転しました。しかし、実はその間、2021年と2022年に年子の男の子を出産しているんです。当時はまだ一人で施術をしていたので、妊娠9カ月までは現場に立ち、産後3週間で仕事に復帰するという生活を2年間で2回繰り返しました。
――産後すぐに復帰するのは、かなり大変では……?仕事と子育てはどのように両立したのですか?
家族みんなに協力してもらいましたね。下の子たちが保育園に入るまでは、私の母や祖母にリビングで子どもたちを見てもらい、私は別室で仕事にフォーカスしました。
産後間もないこともあり「仕事をする代わりに、家事は一切やらない」と決めて、休めるときにしっかり休む環境を家族が作ってくれたんです。
――「家事は一切やらない」となると、ご家庭内ではどのように役割分担をしていたのですか?
夫はもちろん、当時小学3年生だった長男も家事や育児をしてくれました。実家にいる頃から「みんなで一緒に住んでいるのだから、みんなで家事をするのが当たり前だよね」と伝えてきたんです。
長男が保育園に通っていた頃から、自分の荷物の準備を自分でするように言っていましたし、小学生になってからは「今月はトイレ掃除担当ね」と任せたり、夫には「食器洗い担当ね」とお願いしたりしていました。
今は担当制ではなく「気づいた人がやる」という仕組みでうまく回っています。
――ご実家にいた頃のスタンスを受け入れてくれるということは、ご主人も理解のある方なんですね。
長男を連れて結婚するには相当な覚悟が必要なので、結婚するときに「私たちの生活スタイルに全面的に合わせてほしい」と約束し、夫も応えてくれました。とはいえ、結婚当初の夫は洗濯機も使えないし、食器も洗えない人だったんです。
でも、夫はもともと「女性ばかりが負担を抱えるのはおかしい」という考えを持っていたので、自ら進んで協力してくれましたね。

ビジネスの原理原則を学び、FC導入で最高月商112万円を達成!

――前原さんの指導を受けるなかで、北原さんの教えも受けるようになったのは、どのようなきっかけがあったのでしょうか?
ずっとコンサルティングをお願いしていたさとみ先生から「もっといろんな世界を知った方がいいよ」と、北原さんの「北原の精神と時の部屋」(※)をご紹介いただいたのがきっかけです。「さとみ先生が言うなら」と、詳細も知らないまま入会しました。
最初は、北原さんに対しては「眼鏡のロン毛の方だ」という印象で(笑)。素晴らしい実績をお持ちの方なので、とにかく「怖い、すごい人」と思っていましたね。北原さんのことはよく知らなかったものの、大好きなさとみ先生の教えをより深く理解するには、近い存在である北原さんのそばで学ぶべきだと考え、すぐに弟子区画(※)にも入りました。
※北原の精神と時の部屋:北原孝彦が代表を務めるビジネス塾。2020年に設立し、2024年11月にUBM(ビジネス行動管理大学)に改称。
※弟子区画:「3年間は挑戦から逃げない」と北原孝彦と約束した人が参加する。毎月の月報提出に加え、弟子合宿では全員が活動報告を行う。現在は募集を終了している。
――弟子として学ぶなかで、経営に対する考え方は何か変わりましたか?
視座が高くなり、自分のサロン経営を冷静に見直すことができるようになりました。
実は当時、スタッフを雇うために自宅の敷地内にプレハブ店舗を建てていたんです。しかし、自宅サロンとプレハブ店舗でそれぞれ違うコンセプトを掲げて並行稼働させてしまい、集客も分散して中途半端な状態になってしまっていました。
そんなとき、北原さんのもとで壁打ちをするなかで、エネルギーを分散させるのをやめ、自宅サロンへの案内をストップして「プレハブ店舗一本に集中する」という決断ができました。

ですが、店舗を一つに絞ったものの、売り上げが横ばいになってしまって。その頃、北原さんから「集客のテスト店舗として、ネイルサロンコンサルの藤岡えりさんのFCモデルに挑戦してみないか?」とお声がけいただいたんです。
私自身、自分なりに集客を試行錯誤してやりきった感があったので「尊敬する北原さんが提案してくださるなら絶対に伸びるはず」と迷わず「やります」と答えました。北原さんは、それまでの私を見ているなかで、逃げずに言われたことをやり切る姿勢や、人を大切にするところを信頼して任せていただいたようです。
――実際にFCモデルを導入して、どの程度の期間で成果が出たのでしょうか?
ホットペッパービューティーの構成を、藤岡さんの「型」にガラッと変えてから、すぐに反応がありました。
FC導入前の売り上げは月商38万〜40万円で横ばいだったのですが、教わった技術と集客の型を実践したところ、わずか3カ月で月商86万円まで上がったんです。そこからさらに伸びて、その年の12月には最高月商である112万円を達成することができました。
――素晴らしいですね!栃木県佐野市の郊外という立地で、そこまで急成長できた理由は何だと思いますか?
自己流を一切入れず、教わった「型」を素直に、そして大量に行動へ移したからだと思います。もちろん郊外で集客する難しさはありましたが、「ここで生きる」と決めていたので言い訳はしませんでした。
また、藤岡さんが数字に強くロジカルでありながら、私の家庭環境にも寄り添ってご指導くださったことも大きかったですね。北原さんや藤岡さんからビジネスの原理原則を学び、仕組み化を進めたことで、一人オーナーとして疲弊していた状態から抜け出し、現場のサロンワークから卒業することができました。

女性が自立して自己成長できる場所を作りたい
――最後に、小茂田さんの今後の展望について教えてください。
私自身がシングルマザーとしての苦労や、子育てと仕事を両立する大変さを経験してきたからこそ、「かつての自分のように悩んでいる女性やママが、自立して自己成長できる場所を作りたい」という思いが強くあります。
今後は、そうした女性の自立をサポートする活動をさらに増やしていきたいですね。

――女性の自立サポートについては、具体的にはどのような構想をお持ちなのでしょうか?
サロンの店舗数を増やして、ママさんスタッフの雇用を生み出すことがベストな方法だと考えています。
今はまだ自分の家庭や体調を優先している時期ですが、プライベートがもう少し落ち着いてきたら、サロンオーナーさん向けのコンサルティングなどにも挑戦したいですね。私が実践しているような「FCの仕組みを使って、家庭と仕事を両立させる働き方」を伝えていくことも、結果的に女性の自立支援につながると思っています。
どんな形であれ、女性が家庭でも仕事でも自信を持ち、心身ともに自立できるような支援の輪を広げていきたいです。
女性は「時間を取りたかったらお金を諦める、お金を取りたかったら時間を諦める」と考えがちですが、正しい仕組み化ができればその法則から抜け出せます。これからもビジネスで成果を出しながら、新しいママの働き方や生き方を提示し続けていきたいですね。
また、私自身も、今後も子どもたちや家族との時間を第一に大切にしていきます。
取材を終えて
小茂田さんは、やると決めたら言い訳をしない方です。郊外という立地の悪さを嘆くことなく、教わった型を自己流に崩さず行動へ移し、最高月商112万円を実現してしまうのがカッコいい!
かといって一人で抱え込まないのも素敵なところで、家族に家事を分担してもらい、今はスタッフを育てて現場を任せています。素直に人を頼れることも、経営者として必要な力なんだなと感じました。
(記事制作:ひとひら企画/インタビュアー:渡辺まりこ、人生の軌跡グラフ制作:Emodea・相場綾香)
※掲載情報は2026年9月現在のものです。最新情報は公式サイト等をご確認ください。

