【SNS動画制作|大浦地倖成さん】「負けたくない」から「役に立ちたい」へ。若手起業家が地元・三重への恩返しを誓うまで

19歳で起業し、22歳となった現在もSNS動画制作・運営代行事業を営む大浦地倖成さん。生まれ育った三重県を拠点に、動画制作の枠を超えて、地元の事業主に向けた勉強会を自主開催するなど、地域の未来を育む活動にも情熱を注いでいます。

軽やかなフットワークで進化を続けていますが、その歩みは平坦ではありませんでした。かつては思うように収益化ができず、一度事業を断念。葛藤のなかに身を置いていた時期もありました。

そんななかで、北原孝彦さんのUBM(※)に入会。弟子合宿への参加や仲間との出会いをきっかけに、少しずつ手応えをつかんでいきます。三重県に恩返しをしたい。その熱い思いで関わる人に影響を与える大浦地さんの、これまでの歩みを聞きました。

※UBM(ビジネス行動管理大学):北原孝彦が代表を務めるビジネス塾。2020年に「北原の精神と時の部屋」として設立、2024年11月に現名称に改称

「伝えたい」を「届く」に変える!逆算の動画制作術

――大浦地さんのお仕事について聞きたいです。どんな動画を制作しているんですか。

主にSNSの動画を制作しています。YouTubeだと10分以上の長尺動画を制作することもありますし、ショート動画を制作することもあります。そのほか、Instagramのリール動画やTikTok動画など、媒体ごとの特性に合わせたコンテンツを制作しています。

――どんなクライアントからの依頼が多いですか。

無形商材を扱っているクライアントが多いです。歯科衛生士の育成研修や占い師のショート動画活用、ダイエット関連、洗車サービスなど、これまで幅広いジャンルに関わってきました。 

――業種は問わず、幅広く対応しているんですね。ちなみに、歯科衛生士さんのYouTube動画は、どのような目的で制作したのでしょうか。

ゴールは「研修の依頼につなげること」です。外部講師として歯科医院に入り、スタッフへの技術やマインドの研修を行っているので、院長先生が動画を見たときに「この人に研修を任せればスタッフの技術が底上げされる」と感じてもらえるコンテンツを目指して制作しました。 

――動画制作をするときに、大切にしていることはありますか。

「伝えたいことが、ちゃんと伝わる」ことです。まずはクライアントの話をじっくり聞くところから始めます。どういう事業なのか、誰に向けたサービスなのか、なぜそれを始めたのか。背景まで含めて、最低でも2時間はヒアリングしています。

話を聞いていくと、提供する側が「これを伝えたい」と思っていることと、受け手が本当に必要としている情報のあいだには、大きなズレがあることが多いんです。

――ただ伝えたいことを発信するのではなく、受け手が「これは自分に関係がある」と気づける形に整えることが大切なんですね。

その通りです。そのためにまずはそのズレに気づいてもらうことから始めて、そこから「なぜこのサービスが必要なのか」をロジカルに説明しています。サービスの良さと、その人の思い。その両方が、将来のお客様にしっかりと伝わる台本を考えています。

――実際にサービスを導入したお客様の反応はいかがですか?

「問い合わせが来た」「反応が明らかに良くなった」という声を多くいただいています。先ほど話した歯科衛生士さんは、動画を1本出してすぐに複数件の問い合わせがありました。また、ダイエット系アカウントでは、ショート動画制作をした結果、公式LINEの登録者が340名ほど増え、アカウントの年間累計再生数も300万回にまで伸びました。

18歳で起業を決意。動き出せずもがいた葛藤の日々

――今、年齢はおいくつですか?

22歳です。今年(2026年)3月に大学を卒業して、年齢的にはちょうど新卒の代になります。

――お若い!起業を意識したのは、いつ頃からですか。

18歳の頃に起業しようと決めました。同じ高校の人たちが、自分より偏差値の高い大学を受験していて、「就職のタイミングで圧倒的に差がついちゃうな」と思ったんです。だったら、大学の4年間をただ過ごすんじゃなくて、起業して自分の力で稼げるようになっておこうと、決心しましたね。

――周りより稼ぎたい気持ちがあったということですか。

お金持ちになりたいというよりは、友達に負けたくない気持ちの方が強かったです。

いい大学に行く人は、いい企業に入る。でも僕の通う大学からいい企業を目指すのは、ちょっと難しそうだと感じたんです。だったら、せめて収入面だけでも、大企業の初任給以上は自分で稼げるようになっておきたい。そうすれば将来の可能性も広がるし、就職でも有利に働くかなと思ったんです。

――起業すると決めてから、どのように行動しましたか。

まずはYouTubeで勉強しようと起業家さんの動画を見漁っていたら、北原さんのチャンネルに出会いました。「1年で年商0から1000万稼ぐノウハウ」という2時間ほどの動画を最初に見たのですが、とにかく解説が分かりやすかったんです。「このやり方なら、僕にもできるかもしれない」と思いました。

大浦地さんの人生を変えた、北原さんのYouTube動画 

――それで、起業を始めたと。

それが……結局、何も動けなかったんです。動画を見ることで、分かった気にはなるんですけど、見ただけで行動した気になっていたんですよね。でも、今振り返ると、本当は怖かったのかもしれません。

――怖かった?

当時、自分なりに動いてみようと、Instagramに自己開示した投稿をしてみたのですが、友人にいじられて、恥ずかしくなってしまって。当時は、覚悟が中途半端だったんだと思います。

――その後も起業を諦めなかったとのこと。何の事業を始めようと思ったのでしょうか。

ダイエット事業です。実は僕、高校生活の最後に、何か一つでも本気で頑張ってみたいと思って、ダイエットをしました。当時、野球部でしたがずっと補欠で熱も入らなかったし、勉強も何のためにしているか分からない。「このまま卒業して、自分に何が残るんだろう……」と感じていたんです。

ダイエットは、タンパク質・脂質・炭水化物の比率を計算する「PFCバランス」を意識した食事に加え、散歩やYouTubeの筋トレ動画を見ながらの運動を習慣化しました。その結果、半年間で15㎏痩せました

――15㎏の減量!すごいですね。

その実体験を活かした事業にしようと考えていたんですが、身近な人の目が気になって動けませんでした。一人では無理だ。そう感じていたので、大学2年生の春に意を決してUBMへ入会しました。

学生時代の苦悩を全開示した大浦地さんのYouTube動画「学生時代から今までの本音を全部話します!」

弟子合宿で本格始動!力不足の壁から事業を切り替え

――UBMに入ってからはどう動きましたか。

入会の翌月に、弟子区画(※)(現在は募集終了に入りました。残りの大学生活があと3年で、弟子の期間もちょうど3年。大学生活をフルに使って、本気で取り組もうと決めました。その翌月には、「せっかく入ったのだから、一番直近で開催される東京合宿へ行こう」と思い、夜行バスで東京へ向かいました。

合宿では、北原さんの講習や事業相談もありましたが、緊張しすぎて……。ずっと吐きそう、気持ち悪いと思いながら一日が終わりました。

※弟子区画:「3年間は挑戦から逃げない」と北原孝彦と約束した人が参加する。毎月の月報提出に加え、弟子合宿では全員が活動報告を行う。現在は募集を終了している。

――UBMに入り、弟子区画にも入って、どう変わっていきましたか。

それが、弟子区画に飛び込んでからも最初の1年は、なかなか行動できませんでしたね……。もちろん入会する前に比べれば、動いてはいました。でも、すぐには状況を変えられなくて。弟子合宿(事業の進捗状況をプレゼンし、北原さんからフィードバックを受ける弟子限定の合宿)にも最初の1年は参加していませんでした。

――弟子合宿に行かなかったのは、どうしてですか?

弟子合宿の存在を、当時は知らなかったんですよ。説明会で聞いてはいたはずなんですけど、頭から抜け落ちてしまっていて。でもある日、LP・セールスレター・ステップメール作成代行で同じく弟子の福島マナヤさんから「弟子合宿、こやんの~?」と声をかけてもらったんです。

――福島さんとは、どこで知り合ったんですか。

UBMの大阪合宿です。そこで私が北原さんに事業相談をしていたんですが、緊張でマイクが震えてしまって 。ちょうど斜め後ろに座っていたマナさん(福島さん)が「自分と同じ若い子がいるやん」と思ってくれたらしく、声をかけてもらったのが最初です。 

――弟子合宿に行くようになって、何か変わりましたか。

北原さんに進捗をプレゼンするので「ちゃんと動いて結果を報告しないと」というプレッシャーもあって、めちゃくちゃ行動するようになりました。ダイエットコンサル事業は、リール動画を100本ほど投稿し、営業も3カ月で750件ほどDMを送りました。そしたら1件返信をいただき、初めての案件獲得につながりました。

――その後、ダイエットの事業はどうなったんですか。

やめちゃいました。

――軌道にものっていたのになぜ?

そもそも再現性高くサービスを提供し続けることが難しいと感じていました。それに、リール動画を100本ほど投稿しているうちに編集スキルが上がって、UBMで知り合った方から「編集を手伝ってほしい」と声をかけていただいたんです。仕事として引き受けてみると、1カ月の動画編集の収入が、それまでのダイエット事業の収益をあっさり超えてしまったんです。

――動画編集のほうが需要があったと。

はい。その後、弟子合宿の際に北原さんの前で「事業を切り替えました。動画編集ができます」と宣言しました。今度はそれを聞いていた方が「撮影もしてほしい」と声をかけてくださいました。

そして、UBMのTikTok講師であるそらさんの講義を参考に、自分なりにその業種のリサーチをして、企画提案をして、撮影・編集をしたんです。そしたらクライアント様に納品した動画の4本中3本が1万回再生を超えて、最高で15万回再生まで伸びたんです。

仲間が支えに 恩返しのために事業継続の道へ

――北原孝彦アカデミー(※)(以下、アカデミー)に入ったのは、どうしてですか?

北原さんの話を聞いて、「人を大切にしたい」と強く思ったからです。大学卒業が近づいたとき、就職するか、事業を続けてアカデミーに進むかの2択がありました。どちらの道に進むか考えましたが、もし就職を選んだら、この3年間で出会って育んできた人たちとのご縁を一度切らないといけない。

プライベートでも会うことはできますが、「一緒に挑んでいる」という、つながりが薄れてしまう気がしたんです。お世話になった人たちに、もっと成長した姿を見せたいし、その関係をこれからも大切に育んでいきたい。なので、自分もここで頑張ろうと決めました。

※北原孝彦アカデミー:UBM(ビジネス行動管理大学)の学びをベースにしながら、北原孝彦のより近くで学ぶ区画。北原氏が直接指導にあたる。メンバーは経営スキルだけでなく、人としての在り方を学ぶ。

――それこそ、福島マナヤさんもアカデミーに入ってますしね。

マナさん(福島さん)がいなかったら、相当きつかっただろうなと思います。6歳ほど年上なので、僕にとってお兄ちゃんみたいな存在で、よく相談にも乗ってもらっています。

本音を話したり、「お互い頑張ろう」と励まし合ったり。気負わず話せる関係があったので、すごく助けられています。そういう意味では、単に刺激を受ける相手というより、自分にとっての居場所のように感じていました。

マナさんのほか、集客・導線設計・販売支援の事業を行う坂本遼さん、そして、企業YouTube制作のトノオカさんを加えた4人で集まることが多くて。過去には、泊まり込みで「自主合宿」をしたこともありました。

「三重を頼んだよ」託された言葉を胸に、地元で作る新しいつながり

――大浦地さんにとって、北原さんはどういう存在ですか。

僕にとっては……そうですね、やっぱり師匠としか言いようがない存在です。単なる先生という以上に、僕の人生を根本から変えてくれた人だと思っています。

19歳の頃から、「こんなに真剣に面倒を見てくれる大人は、他にはいない」とずっと思ってきました。とにかく人に対して丁寧で、一人ひとりを本当に大切にする方、というイメージがずっとあります。

――北原さんは、大浦地さんとどのように関わっていると感じますか。

見守ってくれている感じ、期待して待ってくれていると思っています。北原さんに対して僕ができるのは、まず成長し続ける姿を見せ続けること。そのためにも、今は愚直に行動し続けていきたいですね。

具体的には、三重県でのUBM支部会の立ち上げに力を注いでいます。「三重を頼んだよ」と言われていて。まずはそこを形にして、三重からもUBMを活性化させていきたい。最終的には、北原さんと肩を並べて一緒に経済を循環させていけるような仲間になれたら、嬉しいですね。

――三重に対して熱いですね。その思いは、どこから来ているのでしょうか。

三重で育ててもらった感覚があるんです。中学時代の先生、高校時代の野球部の監督、両親もそうですし、もっと大きく見れば、三重で暮らしている人たち全員に支えられてきたと思っています。

飲食店やサービスも、そこで働く人がいるから生活できる。いろいろな人がいろいろな仕事をしてくれている土台のうえで、自分は暮らしてきました。だからこそ、生まれ育った三重に愛着がありますし、これまで支えてもらった分、少しずつ恩返ししていきたいと思っています。

――今後、三重県のためにやっていきたいことはありますか。

三重県内でのご縁を大切にしながら、この地域を豊かにする活動を広げていきたいと考えています。

今、三重県では、若者の約8割が大学進学や就職を機に大阪や愛知といった県外へ出ていくといわれています。だからこそ、三重の企業や飲食店の経営者が情報を共有し、地域に根付くサービスやお店を増やしていくことが大切だと思うんです。

たとえば若者にとって、ずっと通っている飲食店や、昔からお世話になっている企業・サービスがあれば、そこに愛着が生まれます。その積み重ねが、「三重に残ろう」「地元の企業で働こう」という気持ちにつながっていくのではないかと考えています。

――そのために、今どのような取り組みをしているのでしょうか。

事業主の方に向けた勉強会を開いて、YouTubeを使った採用動画の作り方を伝えたり、三重への思いを持つ経営者を集めた交流会、動画制作の作業会などを自分で企画・運営したりしています。

僕が目指しているのは、周りに大切な人たちがいて、みんなが同じ気持ちで、一つの方向に向かって進んでいる状態です。そういうつながりを三重につくっていくことが、若い世代にとっての「三重に残る理由」になると思っています。

◆SNS動画制作|大浦地倖成


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取材を終えて

大浦地さん(通称:うらじさん)は、若くてエネルギッシュ。野望とパワーがにじみ出ていて、話しているだけでこちらまで元気をもらえる感覚がありました。ゼロイチの壁は誰にとっても厚いものですが、持ち前の行動力と、周りから愛されるキャラクターがあるからこそ着実に前に進んでいるのでしょうね。

そして三重に対する愛も素敵です!大浦地さんのような若い方が地元で活躍し続けることで、きっといい循環が生まれていくはずです。

(記事制作:ひとひら企画/インタビュアー:渡辺まりこ、人生の軌跡グラフ制作:Emodea・相場綾香)

※掲載情報は2026年4月現在のものです。最新情報は公式サイト等をご確認ください。