【パブリックスピーキング講師|東條将大】「伝われば人は動く」かつて人前で話せなかった少年が見つけた、後悔しない人生の作り方
人前で話し、相手に伝え、行動を促す技術であるパブリックスピーキング。その講師である東條将大さんは、企業や個人が抱える「伝わらない」という課題に向き合っています。
グループ年商2兆円規模の企業からプロアスリートまで、幅広いクライアントをサポートしている東條さん。しかし幼少期には社会不安症を発症し、人前で話すことができなかったといいます。その後、心理学と出会い、ソーシャルワーカーとして医療現場に立つなかで確信したのが、「思いが伝わらないと、人は後悔して最期を迎える」ということでした。
北原孝彦アカデミー(※)(以下、アカデミー)の最初期メンバーとして学び、独立後には月商700万円を達成。現在は自身の会社を「町」のように運営しながら、「豊かな最期」を見据えて活動を続けています。東條さんのこれまでの歩みを聞きました。
※北原孝彦アカデミー:UBM(ビジネス行動管理大学)の学びをベースにしながら、北原孝彦のより近くで学ぶ区画。北原氏が直接指導にあたる。メンバーは経営スキルだけでなく、人としての在り方を学ぶ。
経営者・起業家の「伝わらない」に向き合う

――東條さんが代表を務める「MoveForward Coaching」の事業内容について教えてください。
経営者や起業家が「伝わるから、人が動く」状態を作れるよう支援する仕事です。企業研修として一対多で教えることもあれば、アスリートの方の講演を個別サポートすることもあります。他には、ビジネスパーソンの話し方や、プレゼンテーションの指導を手がけています。

――企業研修では、どういった課題を持つ会社が多いのでしょうか?
主に三つあります。一つ目は営業の成績に課題がある会社。二つ目は社内のコミュニケーションやマネジメントに苦労している会社。三つ目は採用に困っている会社ですね。説明会で求職者を引きつけられない、採用してもすぐ辞めてしまうという相談が来ます。
例えば美容師さんだと、求職者が求人サイトを通じて職場見学に来ることがあります。でもそれっきりになり、採用に結びつかないパターンが多いのです。これは職場見学で『弊社について』『採用条件は』と条件の話ばかりしている可能性があります。
そうではなく、「あなたと働きたい」「あなたと働くなら、こんな未来を目指したい」というビジョンを語れるかどうかが重要。人材獲得において「条件」で戦うのか、一緒に働きたいという「人」で戦うのかが変わってきます。自社の魅力が伝われば、理想の人材を獲得でき、定着率もアップします。

――具体的にどんな指導をしているのですか?
大前提として一番大事にしているのは、「何を伝えるか」の設計です。話し方のテクニック以前に、相手のどんな未来を一緒に描くのか。その中身がなければ、どれだけ上手に話しても人は動きません。だから僕は、相手の未来を一緒に設計するところから指導を始めています。
そのうえで、届け方を大きく三つに分けています。体・声・言葉です。 体は立ち方・目線・姿勢・表情・ボディランゲージ。声は高低や速さ。言葉は、単語の選び方や共通言語への変換など。
ただ、最終的に人に伝わるかどうかを左右するのは、熱量や人としての姿勢です。本気で伝えようとする姿勢がなければ、どれだけスキルを整えても相手には届きません。ただ、熱量だけを前面に出しても、相手にとって受け取りづらい内容であれば、うざったく感じられてしまいます。
だからこそ、まず相手の未来を一緒に描き、それを体・声・言葉のスキルで相手に届く形に整えていきます。僕にとってセールスは、売り込みではなく「愛と手助け(Love&Help)」なんです。相手を大事にするあり方こそが、伝わるコミュニケーションの土台になります。

――なるほど!指導を受けた方は、どんな成果が出ているのでしょうか。
話し方のテクニックももちろん大事ですが、それ以上に「相手の未来がきちんと伝わるようになった」結果として、 成約率がゼロから90%に上がった企業もあります。起業家や個人向けでは、ほぼ全員がリピートや紹介につながる成果を出しています。


話せない人生の幕開け。心理学との出会い
――東條さん自身は、もともと人と話すことが得意だったのでしょうか。
いいえ、全くです。母親が、アナウンサー・司会業を行っていて、物心ついたときには「自宅でNHKのニュースを鉛筆で書き取って母親に説明する」ことが日課でした。それを続けるうちに、「大人は話し方を評価する」と気づきました。
話すことはこんなにも厳しいものなのか。そう感じるようになった結果「社会不安症」という病気を発症しました。人と話そうとすると全身から汗が噴き出して、動悸がして、震えてしまう。「話せない」という人生の幕開けでした。
――意外です……!そこからどう乗り越えてきたのでしょうか。
中学校で陸上競技を始めました。走っている間は話さなくていいですし、練習した分だけ成績が出て、褒めてもらえる。だから、「この道で生きていこう」と思ったんです。ただ、受験に失敗しまして、陸上を続けるために考えていた進路には進めませんでした。
それで高校ではバンド活動を始めました。それでも居心地の悪さは残ったままで、「このままでは人とうまくいかないし、自分も苦しいままだ」と感じていました。人と仲良くしたいのに、人の心が分からない。そんな自分がずっと嫌だったんです。だから、「心理学を学ぼう」と思い、勉強を始めました。対人心理学、社会心理学などほとんど網羅したと思います。
そこで見えてきたのが、「どうすれば人のことを理解できるのか」と「どうすれば自分のことを分かってもらえるのか」という二つです。相手を知ることと、自分を知ってもらうこと。その仕組みを理解しました。

――心理学を学んだことで、どのような変化があったのでしょうか?
言動が変わりました。逃げずに人と話せるようになったんです。そして大学で心理学・社会学を専攻し、社会福祉士・精神保健福祉士の国家資格を取得。恩師となる人から、心理学だけでなく、人としてのあり方や考え方も学びましたね。大学を卒業した後は、医療機関のソーシャルワーカーとして働き始めました。

お金があっても誰も来ない。医療現場で見た「豊かではない最期」
――医療機関では、どんな業務をしていたのですか。
「人生の最期をどう過ごすか」という選択に苦しむ人たちの決定をサポートしていました。例えば、がんを患ったとき、治療を続けるのか、それとも家族のそばで過ごすのかを選ばないといけない。それに加えて、お金の問題が出てくるかもしれない。また周囲から「とにかく治療してほしい」などの、さまざまな意見が飛んでくるわけです。
一方で、医師からは「もう決めないと時間がありません」と言われる。この究極の状況のなかで、本人と家族は話し合いながら、決断しなければいけないんです。そんなときに必要なのが、話を聞きながら状況を整理し、一緒に考えてくれる人です。それが、僕の仕事でした。

ソーシャルワーカーの仕事のやりがいは、患者さんやご家族の人生の1ページに関われるところですね。これまで「一緒に最期の過ごし方を考えてくれてありがとう」「あなたがいたおかげで、あのとき人生が変わりました」といった言葉を、数え切れないほどいただきました。ただ、感謝で終わらないこともあって……。
――というと?
患者さんのなかに、とある経営者の方がいました。一泊何万円もする特別室に入院しているくらいだから、お金はある方です。でも、誰もお見舞いに来ないんです。家族も社員も来ない。本人は「最期は病院ではなく家で過ごしたい」とおっしゃっていましたが、その思いを家族に伝える機会もありませんでした。
人とのつながりが途切れると、物も情報も届かなくなる。僕は、その方の最期のときにそばで寄り添いながら、「これは豊かではない最期だ」と感じました。
――「豊かではない最期」ですか……。
例えば、「豊かではない最期」の逆を考えてみます。豊かな最期を迎える方の病室には、人が入れ替わり立ち替わり来てくれます。家族や周りの方が「絶対に家に連れて帰ります」と言って、最期はみんなから「ありがとう」と見送られる。「豊かな最期」と「豊かではない最期」の違いは、その人の思想が伝わっているかどうか。伝わらないと人生は豊かにならないし、人生の最期に後悔が残ると確信しました。それで医療機関在職中に、大学や専門職団体向けに1000件以上のセミナー登壇を重ねてきました。だけど「豊かな最期」に対する僕の思いは伝わりきらなかったのです。
――それはなぜですか?
医療現場で重視されるのは、目の前の命を救うこと。だから「豊かな最期」について考えることは、最優先事項として捉えてもらえませんでした。
では、この話を本当に必要としてくれる人は誰なのか。そう考えていたときに、セミナー活動を通じて、経営者の方々から相談を受けるようになりました。そこで、僕のスキルはビジネスの場でも求められるのだと気づいたんです。
影響力のある人たちに伝えていけば、後悔する人を減らせるかもしれない。それで医療機関に勤めながらセミナー活動を続け、独立準備を始めました。


きっかけは、北原さんの古いアディダスのリュック。「この人は本物かも」と確信した
――北原さんとはどんな出会いでしたか?
セミナー活動をしているなかで知り合った経営者の方に教えてもらいました。そこから北原さんのYouTube動画を、古い順から全部見ました。僕は心理学を学んでいるので、発信者の言葉の背景や意図が見えてしまうんです。でも北原さんは違った。
特に引っかかったのは、「古くなったアディダスのリュックをずっと使い続けている」という動画でした。お金に対するあり方がほかの発信者と全然違うと感じて、「この人は本物かもしれない」と思いました。
――UBM(※)には、どのような経緯で入会したのですか?
実は、UBMでサポート業務を行っている薬師寺瑛里子さん(通称:けろりん)と以前から友人だったんです。「とんちゃん(東條さんのあだ名)と北原さんは相性がいいと思うからUBMに来てよ」と誘ってもらいました。そして2024年4月に入会しました。
事業を長く繁栄させるためには、一人で広めるのではなく、みんなで力を合わせたいと思っていて。だから、同じ思想を持つ人たちと出会い、一緒に大義を目指したかった。その思想を共有できる場所が、北原さんのもとであり、UBMだと感じたので入会しました。
※UBM(ビジネス行動管理大学):北原孝彦が代表を務めるビジネス塾。2020年に「北原の精神と時の部屋」として設立、2024年11月に現名称に改称。
――入会後、北原さんのことを「本物だ」と感じた瞬間はありましたか?
はい。入会してすぐの合宿で、初めて北原さんにお会いしたときのことです。ちょうど北原さんのYouTube動画をめぐって、いろいろな意見が飛び交っていた時期でした。過去に北原さんの動画に出演したことのあるUBM講師とそのご家族を気遣い、「ごめんな。嫌な思いをさせていないか?」と声をかけていたんです。
自分の大事な人の、そのまた大事な人を気にかける。リュックという「物」、UBM講師とそのご家族という「人」。それを大事にする人は信頼が積みあがっていく。僕の思想と完全に一致していると感じましたね。こんな経営者、他に見たことがなかったです。

――UBMはどのように活用していましたか?
壁打ちの先読みをずっと行っていました。北原さんとほかのメンバーが壁打ちをしている間に、「北原さんの返しはこれだな」と予想してメモしていました。予想が当たっていればその理由を、ずれていたらどこがずれたのかを全部分析するのです。
――UBMの活用方法としてはかなり珍しい(笑)。
そうかもしれません。ただ、こうして場を観察していると、自分と近いタイプの人にも気づくんです。 特にUBM講師の今岡さんと僕は「目の前の人を喜ばせるのが好き」という思考が近いと思っていて。後から聞いた話では、北原さんと今岡さんが「前列に”今岡の2号”みたいな、やばいやつがいる」「とんちゃん、運営側に欲しい」とずっと話してくれていたようです。嬉しいですよね。

そんなある日、北原さんから「そんなとこで満足してるんじゃない。お前は俺と目標を共有できるメンバーになりなさい」とXで引用リプライをいただきました。それがきっかけで、アカデミーにも入会することになったんです。
――北原さんと出会って、事業に変化はありましたか?
立ち上げとUBM入会が2024年で、入会前の売り上げはほぼゼロです。入会後、事業が拡大し、2025年1月1日に法人化。まだ1期目ですが年商4000万円前後の見込みです。

MoveForwardという町を作る理由
――事業を進めるなかで、大変なことはありましたか?
起業初期にモニターを募集したときに苦戦しました。スキルを格安で提供して、最初は喜ばれるのですが、受講生の方はなかなか本気になってくれませんでした。どうすればお金の有無に関わらず真剣に受講してもらい、目の前の相手を幸せに「し続ける」ことができるのか。相当悩みました。
もう一つは、月商700万円を達成したときに虚無感を抱えました。このお金を誰のためにどう世に循環させるのか、そのときは分かりませんでした。「こんなにお金をいただいてどうする?」と。ビジネスへの気持ちが一瞬揺らぎましたね。
――そこからどのように変わっていったのでしょうか。
現在「MoveForward Coaching」という会社を経営していますが、それを「町」のように運営することにしました。メンバーの皆さんには、「僕の報酬は税金だ」と宣言しています。町の税金がインフラや公共サービスに還元されるように、皆さんからいただいたお金が、町の運営費として活かされていくというイメージです。
だからこそ、担当者には、僕の通帳のお金の流れを全部公開しています。そのお金が経営者合宿や、みんなが集う場の費用として循環していきます。僕は町長のような存在として、メンバーみんなとその先のお客様を幸せにし続けることが仕事です。
――面白いですね!どんな町かもう少し教えてください。
例えば、町や村には顔見知りがいますよね。困ったときに互助ができる関係性です。でも互助をしたくなる相手というのは、その人のあり方や考え方が伝わっている人同士。知らない人を助けるには限界がありますが、よく知っている人だと力を貸しやすいですよね。
助け合える関係性ができれば、孤独ではなくなります。それが「豊かな最期」につながると思っています。
――実際にそのような互助は起きているのですか?
はい。例えば、僕が所属するUBM山梨支部の副支部長の子どもをよく預かるんです。ベビーシッターのようですよね。するとお返しに、大規模なセミナー案件をいただけることもあります。こうして自然に助け合える関係性を、MoveForwardという町でつくっていきたいんです。

――UBM内での活動は、その後どう変わりましたか?
2025年11月から、商品作りの合宿セミナーや事業の壁打ち、オンラインセミナーの講師を担当しています。UBM内で僕のことを慕ってくれる方がとても増えていて嬉しいですね。


――東條さんって、筋が通っていますよね。最初から言っていることが、最後まで行動として一本の軸になっている。
ありがとうございます。今、僕のところに来てくださっているメンバーのなかには、事業として成立する前のセミナー活動から、ずっとついてきてくれている人たちもいて。先日、そうしたメンバーと経営者合宿で一緒に泊まったのですが、そのときに「とんちゃんは何年経っても言っていることが変わらない」と言ってもらえたんです。
もちろん、やり方や形は変わっています。でも、根本はずっと変わっていない。目の前の人の人生に、その人自身よりも真剣になる。そこは北原さんと同じなのかもしれません。

取材を終えて
東條さんと話していて「豊かさとは何だろう」と改めて考えさせられました。たくさん稼ぐことでも、偉くなることでもない。自分を信頼してくれるいい仲間たちに囲まれていること、そこで循環が生まれていること。これは一朝一夕ではできず、長い人生を通して実現していくものなのでしょうね。
東條さんに人が集まってくるのは、軸があってブレないからこそ。その一貫した姿勢は北原さんとも重なります。人間として見習いたい方だと感じています。
(記事制作:ひとひら企画/インタビュアー:渡辺まりこ、人生の軌跡グラフ制作:Emodea・相場綾香)
※掲載情報は2026年5月現在のものです。最新情報は公式サイト等をご確認ください。

