【ITコーディネータ|大家美智子】育みたいのは“人とのつながり”。UBMに入会し、お金を追う働き方を手放すまで

誰でもホームページ制作ができる「ペライチ」というツールを活用し、制作代行やデジタル人材育成を営む大家美智子さん。現在はチーム体制で事業を進めるかたわら、一人で頑張りすぎてしまう人向けに「GSC(頑張らない・習慣化・コミュニティ)」の立ち上げ準備もしています。

過去には「好き」を原動力に、IT事業や耳つぼの美容健康事業を展開してきた大家さん。個人で月商100万円を達成しましたが、北原孝彦さんのYouTube動画をきっかけに組織化への挑戦を決意。UBM(※)に入り「自分がやりたい仕事」から「大切な人たちから喜ばれる活動」へと舵を切ります。

変化を恐れず、実直に行動を続ける大家さんのこれまでを伺いました。

※UBM(ビジネス行動管理大学):北原孝彦が代表を務めるビジネス塾。2020年に「北原の精神と時の部屋」として設立、2024年11月に現名称に改称。

コストを抑えて手軽に始める!ペライチでのホームページ制作代行

――大家さんがメインで行っている事業について教えてください。

中小企業のITのモヤモヤを解決するお仕事をしています。業務の仕組み化やプロジェクト管理のほか、デジタル人材育成にも力を入れています。そのなかの一つとして、誰でも手軽に1ページのホームページを作成できるツール「ペライチ」を使った制作代行を、チーム体制で行っています。

――どのようなお悩みを持つ方からの依頼が多いですか?

起業初期でいきなり大きなお金をかけたくない方や、ご自身でスピーディーに更新したい方が多いです。一度は自作してみたものの、デザインが素人っぽくなってしまい「プロに直してほしい」という方からもご依頼をいただきます。

お客様の業種はさまざまですね。基本的に集客は行っておらず、ペライチさんから直接お客様を紹介していただいています。福祉事業や不動産業、英会話教室、整体院、長野のワイナリーまで、幅広いジャンルのホームページを制作しています。

――ホームページが完成するまでに、どの程度の期間と費用がかかるのでしょうか。

シンプルなサイトなら7〜20日で納品、5.5万円からお引き受けしています。昔はホームページの制作を依頼すると、50万〜100万円ほどの費用がかかるケースも珍しくありませんでした。それに比べるとかなり導入しやすい価格かと思います。

もともと持っていたホームページを作り直した方からは「検索(SEO)に上がりやすくなった」「意外なターゲット層から見られるようになった」との声をいただいていますね。

――始めやすい価格帯ですね。ホームページ制作以外にも何か活動していることはありますか?

現在は、ペライチの制作代行をチーム体制で進めつつ、新しくコミュニティ事業を立ち上げようと準備しています。私自身、一気に頑張って、その後は燃え尽きてしまうタイプなんです。そのため、頑張りすぎずにコツコツ続けることを大切にしていて。そうした「頑張らない習慣」を身につけて定着させていくためのコミュニティです。

名付けて「GSC(頑張らない・習慣化・コミュニティ)」。「頑張らない」と言うとネガティブに聞こえるかもしれませんが、「頑張りすぎない」という意味を込めています。

――コミュニティには、どんな人に参加してほしいですか?

主にフリーランスや個人事業主、経営者の方ですね。特にIT業界は、パソコン1台で作業できるぶん、孤独になりがちなので。また、AI活用やホームページ運用に苦手意識があり、何から手をつけていいか分からない方にも参加してほしいです。一人で頑張ろうとしている人、頑張りすぎてしまう人が集まって、お互いに頼れる場になればいいなと思っています。

ITへの興味を育んだ、父のユニークな教育

――これまでの経歴も教えてください。もともとIT業界にご縁があったのでしょうか。

はい。大学で情報工学を専攻していたので、新卒でIT企業に入社しました。在学中に上海の大学へ留学したのですが、そのとき現地の友人たちから「电脑是你男朋友(パソコンがあなたの彼氏)」と言われるほど、 常にパソコンに触れているような学生時代を過ごしていましたね。

――幼い頃から、パソコンが好きだったのでしょうか。

はい。私がパソコンを触るのが当たり前になったのは、父の影響です。小学2年生の頃、大きな電卓のようなポケットコンピュータを「遊んでいいよ」と渡されました。また、小学43年生のときには父が新しくワゴン車を買ったのですが、サンルーフを設置するはずだった予算が、気がつけば当時最先端の「30MBのハードディスク」に化けたり……。とにかく父はパソコンが好きで、マニアックな環境で育ちましたね。

――お父様の影響を強く受けて育ったのですね。

はい。父は好奇心旺盛で、新しいものをどんどん取り入れていたんです。私が高校生の頃には、インターネットの原型となった通信サービス「NIFTY-Serve(ニフティサーブ)」のアカウントをいち早く取得してくれたり、プログラミングの勉強を勧められたり。子どもの頃からガジェットやITに触れる環境を与えてくれたので、パソコンが好きになったのだと思います。

――ところで、新卒で入社したIT企業ではどのようなお仕事をしていたのですか?

携帯電話(当時はガラケー)やカーナビの組み込みソフトの開発に携わってきました。大学在籍中に上海へ留学した経験があったため「上海で働きたい」と希望を出し、現地の子会社へ赴任することになったんです。

そこでの役割は、プロジェクトマネージャー(PM)とブリッジSE(橋渡し役)。日本のプロジェクトを現地の中国人スタッフに進めてもらうための管理がメインで、3年半ほど働きました。

その後、上海で出会った夫と結婚し、帰国後はしばらく一緒に暮らしていたのですが、夫が転勤になってしまって。別居生活がしばらく続いたので、また一緒に住むために3329歳のときに会社を辞めました。 

「耳つぼ」に熱中した時期を経て、IT業界へ復帰

――IT企業を退職してからは、どのように過ごしていたのですか?

一度IT業界から離れて、違う仕事をしてみたいと思ったんです。フランチャイズ系の仕事を探したり、保険営業を経験した期間もありました。

その後、チャレンジしたのが「耳つぼ」です。セラピストとして施術をしたり、耳つぼ施術を教える講師として活動したりしていました。イベントで1000名近い方の施術を行ったり、100名以上のセラピストを育成したりしましたね。

――耳つぼ?どんな経緯ではじめたのですか?

上海駐在時代に「耳つぼダイエット」の噂を聞いて、ずっと気になっていたんです。

帰国後にとあるマッサージ店で体験してみたら、耳つぼジュエリーがピアスみたいで可愛らしくて、とても気に入って。もともと中医学が好きだったこともあり、耳つぼの奥深さにのめり込んでしまいました。

――耳つぼのどんな部分に惹かれたのでしょうか。

耳で全身のケアができるところですね。耳は脳に近いので、精神面のケアやダイエットにもよく、私も3カ月で7.7キロ痩せたんです。「耳つぼダイエット」は、食べたい欲求を、満腹中枢を刺激することによって抑えます。

耳には眼や首肩、腰など全身のケアに役立つつぼがたくさんあるんです。アメリカ米軍でも、痛みの治療やPTSD(心的外傷後ストレス)のケアに耳つぼが使われているそうです。 

大家さん自身も耳つぼダイエットに成功!主宰したダイエット3ヶ月コース30名の実績平均は1ヶ月目-3.9kg、3ヶ月-7.4kgで、96%のお客様が-5〜11kg減量達成した。

――耳つぼの活動から、なぜITのお仕事へ復帰したのでしょうか。

351歳の頃、会社員時代にプロジェクトでお世話になった方から「RPAツールは大家さんに向いていると思うから、セミナー開催を手伝ってもらえないか」と声をかけていただいたのがきっかけです。

自動化ツールを活用して企業の業務効率化を進めるお仕事で、「お小遣い稼ぎにもなるかな」と引き受けて、フリーランスとしてIT業界に戻ることになりました。耳つぼも、IT業務を進めながら少しずつ続けていましたね。

個人からチームへ。ペライチとの出会いが広げた仕事の幅 

――その後はどんな経緯で、現在のホームページ制作代行を始めたのですか?

制作代行を始めるきっかけとなった「ペライチ」に出会ったのは、フリーで働き始めた2017年です。IT業務に携わっていたものの、マーケティングやデザインは得意ではなくて……。

WordPressでホームページを作ろうと大苦戦していたときにペライチを知りました。「ペラっと一枚、簡単にホームページ制作」というキャッチフレーズに惹かれ、実際に使ってみて「ペライチって、めちゃくちゃ簡単!」と驚いたんです。「テクノロジーをすべての人が使える世界に」という企業理念や当時の代表陣の姿勢も素敵だと感じ、ペライチがとても好きになりました。

その後、2018年にペライチサポーターの制度が始まり、真っ先に手を挙げました。「ペライチが好き」と使い続けていたら、サポーターだけでなく、公式セミナー講師や制作代行までご依頼いただけるようになりました。

――それからUBMに入会したのは、どのようなきっかけからだったのでしょうか。

個人で引き受けていたIT業務で、入会時にはすでに月商134万円を達成していました。収入や生活に困っていたわけではありません。ただ、自分が稼ぐことはできても、周りの人を稼がせることまではできていなかったんです。稼がせる力をつけたいと思っていた頃に、 北原さんの「1年で年商0から1000万稼ぐノウハウ」という動画を見て。

「私の周りの人を稼がせたい。月商1000万円も目指してみたい」とUBMの説明会に申し込み、2024年11月に入会。UBMの合宿に毎月行くと決めました。 

まずはUBM講師の大田じゅりさんの顧問生になり、事業の基盤を整えていきました。講義のなかで「選択と集中」の話を聞いて、それまで並行していた耳つぼの事業を一度ストップし、IT事業に集中することを決意したんです。東京合宿の初参加前に行われた弟子区画(※)面談で、北原さんにその旨を宣言しました。 

好きだった耳つぼをやめるのは苦渋の決断でしたが、決めたからには、一度きっぱりやめようと思って。ホットペッパーへのサロン掲載も完全にやめて、アカウントごと消去しました。

※弟子区画:「3年間は挑戦から逃げない」と北原孝彦と約束した人が参加する。毎月の月報提出に加え、弟子合宿では全員が活動報告を行う。現在は募集を終了している。

――その後は、どのように事業を進めましたか?

まずはじゅりさんといっしょに製品設計から始めました。「とにかく1000万円を達成したい」という思いが強かった私に、じゅりさんが「突風を吹かせることはできても、大事なのは基盤だよ」と言い聞かせてくれたんです。

そして「基盤を整えるのは一人では無理だから、組織化が必要」とアドバイスをもらって。「誰かと一緒に仕事をするとしたら、何ができるか」を考えたとき、行き着いたのがペライチでした。そこからチームを組み、本格的に動き出しました。

結果として、2025年はWeb未経験のメンバーによるペライチ事業をゼロから売上580万円まで伸ばすことができました。会社全体では年商2000万円、最高月商240万円です。 

――その当時、北原さんとは直接お話しする機会はあったのでしょうか?

いえ。正直、北原さんからは認知されていなかったと思います。じゅりさんの顧問生になると決めたからには、「すぐに北原さんの近くへ行ったら失礼だろう」と勘違いしていて。「まずはじゅりさんの顧問生のなかで圧倒的な成果を出そう」と目標を掲げていました。

しかし、野望はきちんとありました。UBMの合宿には毎月参加して、北原さんの講義を前の方の席でしっかり聞いていました。

「信頼される人間になりたい」北原さんに憧れアカデミーへ

――UBMに入会後、北原孝彦アカデミー(※)(以下、アカデミー)に移行したのはどうしてですか?

2025年10月、2回目の弟子合宿で「北原さんの近くに行っていいんだ」と気づいたことがきっかけですね。ずっと「段階を踏まないと、北原さんには会いに行ってはいけない」と思っていたんです。しかし「アカデミーに興味がある人はLINEして」とのアナウンスを聞いて。私がUBMに入ったきっかけは北原さんだったので「それなら喜んで会いに行こう」と思いました。

※北原孝彦アカデミー:UBM(ビジネス行動管理大学)の学びをベースにしながら、北原孝彦のより近くで学ぶ区画。北原氏が直接指導にあたる。メンバーは経営スキルだけでなく、人としての在り方を学ぶ。

――北原さんのどんなところに惹かれたのでしょうか。

立ち居振る舞いが素敵なところです。人をとても大切にされているのが、言動から伝わってきます。 SNSで何十万人もフォロワーがいる方なのに、アカデミー生の名前やどんな仕事をしているかを把握していますよね。

北原さんのように、周りから信頼され、尊敬される人間になりたいと憧れて、2025年12月にアカデミーへの入会を決めました。

アカデミーで行われた長野県でのリトリート(※)に参加した際、私の夫も顔を出したのですが、夫の名前まで覚えてくれていたんですよね。アカデミー生の身近な人を深く知ろうとしてくださるところも尊敬しています。

※リトリート:仕事や日常から離れて、静かな場所で数日間過ごし、心身をリフレッシュさせる旅のこと。北原孝彦アカデミーでは、熱海・長野・仙台・大阪・福岡など年数回のリトリートを行っている。

「お金」から「人との関係」へ。ご縁を大切にする働き方

――アカデミーに入って、ご自身の気持ちや行動にどのような変化がありましたか?

お金を追うのではなく、人との関係を追うようになりました。私は新規開拓やイベントで目の前の人を楽しませるのは得意なのですが、そのご縁を長期的に積み上げられていないと気づいたんです。

今近くにいる人はもちろん、SNSでつながっていて「もう何十年の付き合いになるね」という人たちとも、改めて関係を深めていきたいなと思っています。人との付き合い方や、誰を大事にするかという視点が変わりましたね。

――SNSといえば、大家さんのFacebookを拝見しました。温かいコメントがたくさん寄せられていましたね。

Facebookは、リアルでお会いした方とのご縁を大切にする場として活用しています。

実は、私はこれまで引っ越しを21回ほど経験していて。子どもの頃だけでも、幼稚園を2回、小学校を4回、中学校を2回変わっているんです。人と離れるのは寂しいので、自分からコミュニケーションをやめることは、絶対にしないんです。

小学3年生のときから大好きだった恩師とは、いまだに年賀状のやり取りが続いています。当時は新卒の先生だったのですが、今ではもう校長先生になっていますね。

――人とのご縁を大切にしているのですね。

はい。私は人が好きなんですよね。北原さんも仰っていますが、一度疎遠になっていても同じ地球上にいるのだから、またご縁を紡ぐことはできますよね。

人を大事にしている「つもり」で終わらないように、目の前の人、今近くに来ようとしてくれている人たちに対して、まずはたくさんギブしていきたいと思っています。

苦手を強みに変える。感謝で回る事業を目指して

――今後、ご自身の事業で何を目指していきたいですか?

これからは、自分がこれまで得た知識や経験を伝えていく、教育や人材育成の分野にシフトしていきたいと考えています。「IT-MEI塾」という名前で、準備を進めているところです。

具体的には、パソコンを使って仕事ができるようになる人を増やしたり、未経験からホームページ制作を学んで仕事につなげてもらったり。ペライチなどの制作代行を仕事にしたい方や、フリーランスとして働きたい方の力にもなれたらと思っています。

――人材育成の分野で、すでに活動していることはありますか?

講座を少しずつ始めているところです。これまでは耳つぼにしてもペライチにしても、スキルを中心に教えてきた部分がありました。今後はスキルだけにとどまらず、北原さんに教えていただいている生き方や考え方も交えながら、お伝えしていきたいなと思っています。

それから、本も出したくて。50歳までに書籍を出版するのが目標なんです。

――どうして50歳なのでしょうか。

もう少し人間性を深めて、もっと誇れる自分になりたい。周囲の方から信頼していただける人間になろう、と思っているからです。

「今できている仕事は、実は昔苦手だったことを克服した分野であるパターンが多い」という話を聞いたことがあります。ホームページ制作代行の仕事も、まさにそうだと思ったんです。初めは苦手意識がありましたが、必死に勉強したからこそ、同じような境遇の人に分かりやすく教えられると気がつきました。それが人材育成の活動を始めたきっかけでもあります。

――苦手だったからこそ、苦戦している人の気持ちに寄り添えるんですね。

はい。思えば、耳つぼ事業も同じでした。IT業界の人間がいきなり美容健康事業を始めても、最初はなかなか信用してもらえない。ゼロからのスタートだからこそ、自分にできることをコツコツ取り組んでいったら、いつの間にかそれが得意分野になっていました。

私の経験をお伝えし、人に感謝される存在になりたいと思っています。そして、活動の延長線上で自然に月商1000万円の目標を達成できたら嬉しいですね。

ITコーディネータ|大家美智子

アイティメイ 公式サイト
Instagram
X
YouTube
TikTok


取材を終えて

大家さんとお話ししていると、この方は本当に人に愛されているなと感じます。 小学生の頃からの恩師との年賀状のやり取りが今も続き、Facebookには温かいコメントが並び、まわりには心強い仲間がたくさんいる。

それは大家さん自身が、誰よりも人を大切にしてきたから。北原さんが常におっしゃる「仲間をつくり、育むこと」を、ずっと自然体で実践し続けています。私も、大家さんの生き方にならって、身近な人を今よりもっと大切にしたいと思いました。 

(記事制作:ひとひら企画/インタビュアー:渡辺まりこ、人生の軌跡グラフ制作:Emodea・相場綾香)

※掲載情報は2026年7月現在のものです。最新情報は公式サイト等をご確認ください。