【展示会講師|丸山久美子】人前で話す人から、人が話せる場を作る人へ。師匠から学んだ人と向き合う働き方

展示会に出展する企業に向けて、運営方法のコンサルティングや社員研修を行う丸山久美子さん。「喋ることを通じてまぁるい世界をつくる」をテーマに掲げる株式会社シャベリーズの代表として、アポイント獲得や商談につながる接客を、研修や現場でのOJTを通して支えています。

もともとはレースクイーンやMCとして、人前に立つ仕事に関わってきた丸山さん。年間385本のMCを担当するほど活躍する一方で、心身のバランスを崩し、一度は人前で話す仕事を離れます。その後、保険会社での営業経験をきっかけに「人に教える仕事」と出会い、展示会講師の道を切り開きました。

直感で入ったUBM(※)で北原孝彦さんから受けた言葉をきっかけに、既存の関係を大切にする働き方へと変化。現在は人と向き合い、チームで展示会の可能性を広げようとしています。丸山さんが目指す未来の形について、話を伺いました。

※UBM(ビジネス行動管理大学):北原孝彦が代表を務めるビジネス塾。2020年に「北原の精神と時の部屋」として設立、2024年11月に現名称に改称。

展示会の成果を左右する「人の動き方」

――展示会コンサルティング・研修会講師とは、具体的にはどのようなことをしているのですか。

展示会に出展する企業に向けて、運営方法のコンサルティングや社員研修を行っています。出展する目的と目標を整理し、目標を達成するために、社員さんが現場でどう動けばよいのかを設計していきます。特に重視しているのは、展示会での「人の動き方」です。

――「人の動き方」とは?

多くの社員さんは、普段は展示会とは別の業務を担当しています。そのため、事前に役割を決めていても、目的や目標に沿った動きになっていないことがあります。そこで現場での動きを整理し、企業の課題を見つけたうえで、研修内容を組み立てていきます

たとえば、売上拡大を目的にアポイントの獲得を目指す場合、現場では「商談につながる接客」が必要です。誰に、どのように声をかけるのか。商談すべき相手をどう見極めるのか。そこまでを含めて、話の進め方や質問の仕方などを、ロールプレイングを交えながらレクチャーします。また展示会当日は、私も現場に入り、一緒に実践します。

――展示会が終わった後は、どんなサポートをしますか。

必ず振り返りを行います。その際に、定量面と定性面の両方を確認することが大切です。

定量面では、アポイント数や名刺獲得数などをもとに達成率を確認。目標を超えた場合は「なぜ超えられたのか」まで分析します。

定性面では、担当者や幹部の方々の気持ちの変化を見ます。目的や目標を整理し、動き方が明確になると、「展示会は楽しいですね」「アポイントの取り方が分かるようになった」と言っていただくこともあります。

――それはとてもいいですね!

展示会は、一つの企画にみんなで取り組み、乗り越える場でもあります。普段の業務では見えない一面が見え、社員さん同士の関係性が育まれて、日常業務まで円滑になることもあります。

――ちなみに契約は継続が多いのですか。それとも単発ですか。

基本的には展示会ごとの単発契約です。ただ、展示会後に「来年も一緒にお願いします」と言っていただくことも多く、リピート率はほぼ100%です。

失敗だらけのMCデビューを救った先輩からの言葉

――丸山さんが人前に立つ仕事に関わるようになったのは、どのようなきっかけだったのでしょうか。

高校生の頃、勉強にあまり関心がなくて、大学進学したい気持ちもなかったんです。なので、願書を出せば入れる2年制のファッション専門学校に、早めに進路を決めました。すると高校3年生の後半に時間ができてしまい、エキストラのアルバイトに応募しました。

その流れで、コンパニオンやレースクイーンの仕事も始めました。気づけば専門学校にはほとんど行かず、イベントや展示会の仕事に時間を使うようになっていました。それでも家族は、私が公の場に出ることを喜んでくれました。自分がメディアに出ることで家族を喜ばせられる。そう思えたことが、人前に立つ仕事を続ける原点になったと思います。

――その後、仕事はどのように広がっていったのでしょうか。

レースクイーンや展示会の仕事を続けるなかで、雑誌やネットに載る機会も増え、少しずつ話す仕事にも関わるようになりました。やがてMCのオーディションの話をいただき、受けたところ合格しました。

――それは大きな転機ですね。

でも最初は、失敗ばかりで……。家電系の展示会で、MCの大先輩と掛け合いをするステージだったのですが、台本の内容を十分に理解できないまま覚えなければいけなくて。台詞がほとんど口から出てこなくて、本番では手元に書いたメモを読んで、カンニングしながらその場をやり切りました。

スタッフさんたちから「なんで覚えてきていないんだ!」と言われたのを覚えています。怒られたというより、呆れられていた感覚の方が近いかもしれません。それで、先輩に「どうすれば上手くできるようになりますか?」と半泣きで相談したんです。すると、「なんとかなるなる」と言ってくれました。その言葉は、今でも私の座右の銘になっています。

――その経験を経て、MCの仕事についてどのように感じたのでしょうか。

正直、私には向いていないと思いました。でも、1週間かけて台本を暗記して、本当に頑張ってきたのに、できないまま終わりたくなかったんです。

一方で、その会場には、それまで関わってきたイベント会社や関係者も多く、「丸山さんはMCもできるんだ」と知ってもらえたようです。それが自分の宣伝になり、そこから1年間、MCの仕事が一気に舞い込むようになりました。

人前で話す仕事を離れて見つけた「教える」才能

――MCとして、どのようなお仕事をしてきましたか。 

モーターショーやゲームショウ、通販番組、記者会見の司会などを担当しました。ただ、先ほども言ったように台本を暗記するのが本当に苦手で大変で……。そんななかで、暗記ではない仕事も入ってくるようになったんです。

――「暗記ではない仕事」というのは?

アドリブを入れながら、場の空気を作る仕事です。台本を暗記して正確に伝える「ナレーター」ではなく、その場の空気を見ながら進行するMCの仕事が増えていきました。これが、私には本当に合っていました。

自分のアドリブ一つで来場者の足が止まる。言葉の使い方や話し方によって、拍手や笑い声が起きる。その反応が、私にとっては大きな手応えでした。そうして26歳の頃には、年間385本ものMCの仕事を担当するまでになっていました。

――1日1ステージでも、計算が合わないですね(笑)。

そうなんです。それくらい無理をして、 メンタルを壊してしまったんです。もともと緊張するタイプなのに、「できる自分になりたい」という思いから自分を追い込みすぎていました。最終的には医師から「人前で話す仕事をやめなさい」と言われ、その後6年ほどは保険会社で営業の仕事をしていました。

――保険会社で働くなかで、印象に残っているできごとはありますか?

お客様になってくださった企業から、「営業の仕方をうちの社員に教えてほしい」と言われたことがありました。それが、人に教える仕事の始まりでした。実際に経験してみると、「もしかしたら教えることに向いているかもしれない」と思ったんです。

その後、人前での話し方を教える機会も増え、セミナー形式で教えるようになりました。そこに参加してくださった作家の方から「君のノウハウは面白いから、本を出したらいい」と声をかけていただき、出版社とのご縁も生まれました。当時勤めていた保険会社では副業が難しかったので、退職して講師の道を選びました。

――その後、どのように展示会講師の仕事へつながっていったのでしょうか。

展示会関連の仕事は、売り込み先が広すぎるんです。当時の私はどこに声をかければいいのか分かっていませんでした。そこで思いついたのが、商工会議所はどうだろうというアイデアでした。

調べてみると、千葉県の柏商工会議所が複数の企業をまとめて共同出展していて、熱心に展示会を運営していることが分かりました。「私の経験で何かお役に立てるかもしれない」と思い、思いきって担当の方に話を聞きに行ったんです。すると案の定、ブース内の人員配置や来場者への声かけに課題を抱えていることが分かりました。

そこはまさに私の得意分野。さっそくセミナーを提案して、実際にプレゼンに伺ったところ、「ぜひ共同出展する企業の皆さんにも聞いてほしい」と言っていただけて。そうして、企業の皆さんの前でセミナーをすることになったんです。

「このままではいけない」直感で入ったUBMが事業の転機

――そこから、北原孝彦さんを認識したのはいつ頃ですか?

2023年です。きっかけははっきりしないのですが、ネットで「北原の精神と時の部屋(※)」(現・ビジネス行動管理大学UBM)のホームページにたどり着いた記憶はあります。

※北原の精神と時の部屋:北原孝彦が代表を務めるビジネス塾。2020年に設立し、2024年11月にUBM(ビジネス行動管理大学)に改称。

――UBMに入ろうと思った理由は何だったのでしょうか。

直感です。ただ、その背景には「このままではいけない」という思いがありました。2020年に展示会業界20年目を迎え、会社を立ち上げようとしたタイミングでコロナ禍に入り、売上は月数万円まで落ち込んでしまったんです。それでも夫が「最初の3年間は自由にやってみなさい」と背中を押してくれて、予定どおり法人化に踏み切りました。

そこから3年間、売上は1004万円まで伸びました。ただ、勢いだけで続けていて、事業としてどう組み立てればいいのかは見えていなかった。そのときにたどり着いたのがUBMでした。見た瞬間にピンと来て、そのまま申し込みました。

――実際に入ってみて、何が変わりましたか。

まず、「ファネル」という考え方を学びました。お客様がサービスを知ってから契約に至るまでの流れを整理し、研修や現場でのMCといったサービスの単価を一つひとつ決めて、形にしていったんです。当時の私は、そうした流れが何も定まっていない状態でした。

また、北原さんや当時顧問だった山本智大さんから「BtoCではなく、BtoB向けの商品を作りなさい」と言われました。最初は受け入れられませんでしたが、メニューやホームページを整え、ファネルを設計するうちにBtoBの仕事が入るようになり、その可能性を実感しました。

――当初は、個人向け(toC)の話し方レッスンを想定していたのでしょうか。 

そうなんです。緊張する人に向けて何かできたらいいな、という感覚で入りました。壁打ちを通して北原さんから知見をいただき、山本さんには課題を整理してもらいました。その後、顧問が今岡勇喜さんに変わってからも、引き続き事業の整理を進めていきました。

「なぜ既存を見ないんだ」師匠の一言で気づいた、人との向き合い方

――今はチームでどのように仕事をしているのでしょうか。

法人化した当初は一人でしたが、今は16人のメンバーがいます。それぞれ展示会の現場では役割を分担していて、私はコンサルや研修を担当し、メンバーにはMCで人だかりを作ったり、来場者に声をかけたりする集客代行を任せています。

――一人で仕事をしていた頃と比べて、チームになって良かったことは何ですか?

ひとりぼっちじゃないことです。助け合えることが、とてもありがたいですね。目標数字を一人で抱えるのと、みんなで達成を目指すのとでは全然違います。アイデアの数も違いますし、一緒に喜び合える仲間がいるのは大きいです。

――チームの関係性は、どのように作っているのでしょうか。

特に関わりの深い5人とは、3カ月に1回の合宿や毎月の勉強会を通して、仕事やチームのことを話す時間を作っています。

――チームのあり方を考えるなかで、北原さんに相談することもありますか。

今は、人との関係性について相談することが多いです。以前は、問い合わせ数や契約数といった新規の数字を相談していました。でも途中から、「新規、新規と言うけれど、なぜ既存を見ないんだ」「失わないことをなぜ大事にしないんだ」と言われるようになって。そこから、人との向き合い方を意識するようになったんです。

――人との向き合い方とは、具体的にはどういうことでしょうか?

たとえば、ストレスを感じたら相手と話すことです。うちの会社は「シャベリーズ」という名前で、人としゃべっていこうという会社なのに、私自身がそれをできていませんでした。以前は、メールのやり取りで違和感があっても、見ないふりをしていたんです。

今は「一度すり合わせをさせてください」と、自分から話しに行くようにしています。すると、実は大きな問題ではなかったと分かることも多い。そうやって向き合えるようになると、関係性も育っていきました。今は新規営業を一切追っていません。それでも、行政や企業とのご縁、働きたいというメンバーの紹介など、新しいご縁は増え続けています。

――とてもいい循環が起きていますね。

北原さんは、人のことを本当によく見ている方だと思います。以前、「あなたは、人とつながって生きていける人を探したいんだろう。だったら、その関わり方ではダメだろう」と言われたことがあって。

たしかに私は、仕事で関わった人と、肩書きや役割を越えた関係を築きたかったんです。でも、以前はそこまで関係を育てることができていませんでした。北原さんは、そういう部分を見抜いたうえで、私にどんな言葉が響くのか、どのタイミングで伝えればいいのかを考えてくれていたんだと思います。家族ではないのに、こんなに自分のことを理解して、向き合ってくれる人がいるんだと感激しました。

――「タイミング」というのは、具体的にはどういうことでしょうか。

たとえば、私には強い言葉が響きすぎてしまうことがあります。でも、本当に向き合う必要があるときには、あえて強い言葉で伝えてくれるんです。一方で、そこまで踏み込まなくてもいいときは、言葉の選び方や声のトーンを変えてくれます。

私は人の話し方をよく見るので、その意図が分かるんです。言葉、声色、間の取り方まで、すべて考えて使っている。感情やその日の気分ではなく、「今日の丸山はこの段階だから、こう伝えよう」と考えて話してくださっているのだと思います。私から見ると、北原さんは完全に話し方の先生です。

※北原孝彦アカデミー:UBM(ビジネス行動管理大学)の学びをベースにしながら、北原孝彦のより近くで学ぶ区画。北原氏が直接指導にあたる。メンバーは経営スキルだけでなく、人としての在り方を学ぶ。

いつか月に、安心して暮らせる街を作りたい

――展示会の仕事を通じて、今後どのようなことを実現していきたいですか。

私は、人と人が喋ることで、トゲトゲした世界を少しでも丸くできたらいいと思っています。展示会の現場では、みんながマンパワーで頑張っているのに、何をどうすればいいのか分からず、ストレスを抱えていることがあります。そういう人たちに、まずは話し合ってもらう。コミュニケーションを取りながら、チームの関係性をやわらかくしていく。そういう場が増えれば、仕事だけではない関係も少しずつ育っていくと思っています。

――その先には、どのようなビジョンがあるのでしょうか。

いつか、街やマンションのような場所を作りたいと思っています。将来、家族がいなくなって一人になる人たちが、安心して暮らせる住まいです。みんなでご飯を食べたり、誰かが部屋で倒れていたとしても、24時間以内には誰かが気づいてくれたりする。そういう場所を、月に作りたいと思っています。

――月!?かなり意外です。

いつか月に住む時代が来たときに、一人暮らしになった人たちが寄り集まって、優しくて楽しい街を作れたらいいなって。 

――なぜ、そこまで「一緒に生きる場所」を作りたいと思うのでしょうか。

私の主人は10歳年上で、私たちは子どもを産まない選択をしています。だから、将来は私が一人になる可能性があるんです。私が楽しく生きていける土台があれば、主人も安心して天国に行けると思っています。だから、主人を見送るまでに、「私はこのような環境を自分で作れたから大丈夫だよ」と伝えたいんです。

会社名の「シャベリーズ」も、そこにつながっています。複数の人が楽しそうにしゃべっている、そのイメージから、この名前にしました。話すこと、人とつながること、関係性を育むこと。今は展示会という場所でそれを行っていますが、人と人が安心して話し合い、一緒に生きていける場所を作ることが、私が本当にやりたいことなんだと思います。


取材を終えて

久美子さん(丸山さん)は笑顔がよく似合う人です。おしゃべり上手でありながら、聞き役にまわるのもとてもお上手で、いつも「もっと話していたいな」と思わせてくれます。その自然な距離の縮め方は、まさにコミュニケーションの天才です!

クライアントさんやスタッフさんとの間でも、心地良いつながりを意識されているからこそ、気づけば素敵な人たちが集まってくるのでしょうね。会社名のシャベリーズそのままの、にぎやかで温かな世界。久美子さんなら、きっと形にしていけるはずだと思っています! 

(記事制作:ひとひら企画/インタビュアー:渡辺まりこ、人生の軌跡グラフ制作:Emodea・相場綾香)

※掲載情報は2026年5月現在のものです。最新情報は公式サイト等をご確認ください。