【積み木教室|相田さつき】自宅教室から年商2000万円規模を目指す事業へ。 10万個以上の積み木で育てる「考える力」
10万個以上の積み木を使い、子どもたちの創意・工夫を育てている「横浜つみき」。運営する相田さつきさん(ディーライフカンパニー)が大切にしているのは、『子ども自身が手を動かし、自ら遊びを生み出していくこと』。そのために高品質かつ精密な積み木と充分な広さ、少人数制という環境を用意し、子どもたちが思うままに自由に遊びながら、考える力を育む場を提供しています。
幼少期から家庭環境や人間関係に不安を抱えてきた相田さんは、妊娠中に「自分に良い子育てができるのか?」と悩み、教育について学び、模索する中で積み木に出会いました。自宅で小さく始めた教室は、やがてテナントを構える事業へと発展。さらに北原孝彦さんとの出会いにより、積み木の理念がビジネスにも通じることに気づきます。
今回は、相田さんが「横浜つみき」を始めた経緯、積み木に込める思い、そして女性とお子様が安心して集う場所づくりについて伺いました。
10万個(約400箱)の積み木で、考える力を育てる

――まず、相田さんが運営している事業について教えてください。
メインで行っているのは「横浜つみき」という、積み木教室です。400箱、数にすると10万個以上の積み木を使い、思うまま自由に遊びながら、考える力や工夫する力、何度でも諦めずにやり抜く力を長期的な視点で育てていく場所です。
この他に、絵で解く算数教室「横浜どんぐり」と、一時預かりや送迎のサービス「アウルディ横浜」、コミュニティスペース「ふくろうの部屋」を併設しています。

――教室では、どのような形で遊ぶのでしょうか。
大人だけで遊ぶ場合は単発で参加可能です。18歳以下のお子様は、メンバー登録をしていただき、継続的に通っていただく形式にしています。システムは毎月何枚かのチケットをご購入いただき、空きのあるお好きな日時に予約を入れてもらう形です。グループクラスで遊べば集団で過ごす学びになりますし、プライベートクラス(貸切)にも対応しています。短い方で90分、長い方だと6~7時間遊ばれる方もいらっしゃいます。一番お薦めの遊ぶ時間は3~4時間です。一時預かりや学童のように過ごせます。
――教室で子どもたちと関わる際に、大切にしていることはありますか。
うちではあえてテーマを設けたり、こうしなさいといった指示をしません。「今日は船を作りましょう」「お城を作りましょう」とテーマを決めすぎることは、できるだけ避けています。基本的には、各々の感性で自由に積み木で遊んでもらいます。
もちろん、人によっては何をしたら良いかまったく分からずに固まってしまうこともあります。そういうときは、私たち講師が近くでさりげなく作りながら背中を見せます。

――なぜ、テーマを決めないのでしょうか。
まっさらな状態から、自分で何を作るか決めて、とにかく手を動かしてみる。何も浮かばなくてもまず、触ってみる。という習慣を身に付けてほしいからです。指示されてその通りに動くことばかりに慣れると、子どもは自分で考える前に「やり方教えて」「代わりにやって」となってしまいます。そのために、最初は分からなくても、変でもいい。とにかく手と足と頭を動かしてみる。そうすると、だんだん「これ、何かに見えるな」となって、そこからアイデアがどんどん浮かんでくるんです。横浜つみきは小手先の知識や技術を教える造形教室ではありません。考える力、工夫する力を育てる、本質的な遊びと学びの場です。
家庭ではできない「量」と「質」が、親子を惹きつける

――教室に来られる親御さんは、なぜ積み木に関心を持たれるのでしょうか。
保護者の方の多くは、子育てをするなかで「子どもにどんなおもちゃを与えたらいいのか?」「部屋の環境をどう整えたらいいのか?」と考え、積み木にたどり着きます。ただ、多くの方がイメージする積み木は、乳幼児期に少し遊ぶ程度だとか、カラフルで丸みのあるものかと思います。でも、私たちの教室で使う積み木はそれとはまったく異なります。

――どう違うのですか。
国内でもトップクラスのメーカーのもので、建築用の木材よりも精密といっても過言ではありません。0.2mm以上の誤差があれば製品として認められません。ずっしりと重く、面取りも最小限で角がきちんと立っている。私も初めてこの積み木を見たときは、「これを0歳から遊ばせるの?」「危なくない?(しかも高価なので口に入れたら…)」と驚きました。
でも、遊ぶ環境を厳選し、用意しておけば、子どもは自然とその環境でどのように過ごすかを考え、工夫しながら遊ぶようになります。押すと音が鳴り、キラキラと光るおもちゃやキャラクターものの派手なおもちゃとは違って、極めてシンプルです。自分で何かを生み出さないと遊びが始まらない。そこに大きな魅力と可能性を感じています。
――家庭で積み木遊びをする場合とは、どのような違いがありますか。
もちろん、ご自宅で積み木をお持ちの方は多いです。ただ、一箱程度ではすぐに使い切ってしまったり、同じ遊びばかりで、これ以上どう遊べばいいのか分からないという声も多いのです。積み木を買い足していくと、収納場所や遊ぶスペースの問題がありますし、まっすぐに高く積める精密で良い積み木ほど価格も高くなります。
だからこそ、横浜つみきでは本当に良い素材を、ふんだんに使える環境を用意したいと思っています。自分で考え、手を動かし、何かを生み出す力を伸ばしてほしい。そう考える親御さんは遠方からも来てくださっていて、関東近郊だけでなく、秋田県や新潟県、静岡県などから泊まりがけで来られる方もいらっしゃるんですよ。
不安を抱えた幼少期と、支えになった漫画

――相田さんの幼少期は、どのような環境で育ったのでしょうか。
物心ついた頃から、母と二人で暮らしていました。戸籍に父の名前がなく、「自分の父親は誰なのか」という思いを抱えながら10代を過ごしていました。母はお酒が好きで、週末になるとスナックに行くことがありました。私は一人で留守番をするのが怖くて、3歳頃から一緒について行っていました。そこで朝を迎えるような生活もありました。
母は母で、一生懸命だったのだと思います。母自ら「一人で育てる」と決め、父と私を会わせないと決め、父のことを私には一切教えてはくれませんでした。
母の苦しみも、私自身が一緒に抱えていたように感じていて。母のパートナーが変わるたびに自分が何者なのか、安心していい場所なのか、自分はどうしたいのか?が分からないまま育ちました。

――その経験は、人間関係にも影響したのでしょうか。
そうですね…人との上手な付き合い方が分からなかったです。人を信じていないのに、簡単に信用しすぎてしまうこともありました。高校生の頃に交際していた相手から束縛を受け、後からそれがデートDVだったと気づいたこともあります。嫌なのに、自分を傷つける人を選んでしまっていました。
一方で、優しくて温かい家庭で育った人と一緒にいると、急に居心地が悪くなることもありました。最初の結婚相手は本当に心優しい人で感謝の気持ちでいっぱいでしたが、私はその場所でどう振る舞えばいいのか分からず、苦しくなってしまったんです。結局、自分から逃げ出すように離婚しました。

――そうしたなかで、支えになっていたものはありましたか。
漫画です。保育園の先生に「絵がすごく上手だね」と褒められたことをきっかけに、小学1年生の頃には、漫画家になろうと決めていました。小学生になって『りぼん』や単行本に出会い、絵だけでなく、感動するストーリーが合わさった漫画に衝撃を受けました。
その後、中学3年生から29歳まで、漫画のアシスタントをしていました。大手商業雑誌に属する少女漫画や少年漫画の先生のところで、主に背景やモブキャラクターを描いていました。月の半分以上は泊まりがけで作業するような生活で、10代、20代を非常に狭い世界で過ごしてきました。
30歳を目前に、「このまま年を取るまでは続けられない」と思い、漫画から足を洗い、不動産関係の会社に正社員として入りました。そこでの出会いが再婚につながり、31歳で出産しました。これまでの経験から、「私なんかに良い子育てができるのか?良い母親になれるのか?」という不安が強かったんです。子どもを同じ境遇にさせないためにはどうすればいいのか。必死に子育てや教育について調べた結果、積み木に出会いました。

子育ての不安から出会った、積み木という答え

――積み木とは、どのように出会ったのでしょうか。
心理学やメンタルのことも、インターネットでかなり勉強しました。そのなかで、子育てのマインドコーチとつながり、「子どもに与えたいおもちゃ」セミナーに参加しました。そこで積み木に出会ったんです。
講師を務めた河村京子先生は、子どもたちの学びを塾や習い事に任せるのではなく、自然の中で遊びを見つけ、自宅では積み木をメインに遊び、自力で進路を決め、自宅学習のみで自身の3人のお子様が有名大学へ進学するなど、各々の進みたい道を切り開けるように育てて来られた方です。そのお話を聞いて、単に学歴を重視するのではなく、子どもが自分で考え、必要な道を選び、自力でやり抜けるように導く教育方針に衝撃を受け、強く惹かれました。「私が探していた教育法は、これだ!」とつながりました。
――実際に積み木に触れてみて、どのように感じましたか。
セミナーのなかで、卓上で積み木を積む体験がありました。立方体や三角形を使って山のような形を作るのですが、積んだときにピタッと吸いつくように収まるんです。手触りが良くて、滑らかで、積んでいるうちに夢中になっていく。その間は日々の嫌なことも考えずに、ただ目の前の積み木に集中できたのが、とても印象的でした。
その頃は子どもに良い教育をさせたいと思って、高額な通信教材や幼児教室、英語、プリント、カードなど、あらゆるものを子どもにさせようとしていました。それが親として最大限出来ることだと勘違いしていました。でも、たくさんやらせればやらせるほど、「本当にこれで子どもが賢く育つのか?」と疑問を持つようになりました。河村先生に出会い、積み木を知り、「これだ!」と確信したんです。

――積み木と出会い、子育ての方針が変わりましたか。
変わりました。習い事やインターナショナルスクールなど、娘にとって本当に必要ではないものを見直し、思い切ってほとんど整理しました。そして、普通の公立保育園に変えました。習い事も、家ではできないスイミングや体操程度に絞りました。あとは積み木と、自然体験、友達とTVゲームなしで外で遊ぶこと。そこに大きくシフトしました。
自宅教室から事業へ。仲間とともに守り抜いた横浜つみき

――積み木教室「横浜つみき」を始めたきっかけは何だったのでしょうか。
当時、家には子どものために集めた積み木が100箱以上ありました。河村先生とZoomで子育て相談をしていたとき、私の背景に積み木がたくさん映っていて、「そんなに積み木があるなら、教室をやったら良いわよ」と言われました。私は驚いて、「教室の先生なんて今の私には無理です。もっと勉強して、資格を取って子どもが大きくなってからでないと…」そう思っていました。でも先生は違いました。「そんなものは、やりながら育てていくんですよ。ハッタリも時には必要ですよ。」と背中を押してくださったんです。
――最初はどのような形で始めたのですか。
近所の友達やお母さんを自宅に呼ぶところから、小さく始めました。当時は、集客やビジネス、経営のことなんて頭にありませんでした。自分が好きで夢中になっている積み木の世界と、子どもにとって良さそうな環境を共有できたらいいな、という感覚だったんです。

――そこから、どのように事業化していったのでしょうか。
最初は、積み木メーカーのホームページにワークショップができる場所として掲載してもらっていました。それを見た方から問い合わせが入り、少しずつお客さんが増えていきました。当時はほとんどボランティアに近い価格で、売り上げも月に数万円から多くても10万円ほどでした。それでも年々伸びていき、インスタグラムでの発信も始めるなかで、少しずつ事業としての型が見えてきました。
その後、家庭の事情で自宅で教室を続けることが難しくなりました。その翌日、自宅近くに急遽テナントを借りることにしました。家賃を払う必要が生まれたことで、それまで趣味の延長だった積み木教室を「事業として確立していかなければ」と考えるようになりました。
その頃には、今のビジネスパートナーであり、グリットパートナーでもある若林美香さんが加わってくれました。一人でやっていたときは、自分が大切にしている教室を守りきれるのか、いつも不安がありました。でも、理念に共感し、「一緒に進もう!」と言ってくれる仲間ができたことで、少しずつこの場所を守っていける確信が持てるようになっていきました。

――事業化が進むなかで、支えになったものはありましたか。
生き別れた父の存在も大きかったと思います。父とは30歳を過ぎ、娘が生まれたことをきっかけに再会し、その後、認知してもらいました。母は父についてほとんど語らなかったのですが、父は都内で居酒屋やバーなど地域に愛される飲食店を多店舗経営し、60年以上続けてきた実業家でした。地元福岡で人に愛され、人との関係や繋がりを大切にしてきた父だからこそ、ここまで事業が発展してきたのだと今なら痛感します。
それから、私にも経営者の血が流れているはず、父がゼロから会社を興したように、自分にもその力があるはずだと思っていました。でも、あまりにも離れている期間が長すぎました。やっと父と娘としての時間を取り戻した頃に、父は癌で他界しました。本音を言うと、父からもっと経営の事や色々な話を聞きたかったです。

北原孝彦との出会いでつながった、積み木とビジネス
――北原孝彦さんを知ったきっかけは何だったのでしょうか。
テナントを借りて、本格的に事業を始めたものの、ビジネスのことがよく分かりませんでした。分からないままに高額なコンサルを受けたこともありますが、実際にはSNSのやり方を少し説明されるだけで、ほとんど何も教えてもらえなかったんです。また原理原則についてロジカルに教えてくださる方に出会っても、その時大切にしたかったものと異なる提案をされ、頭では分かっていても素直に行動できませんでした。当時は今以上に経営視点で判断出来ていなかったのだと、反省しています。
その頃、YouTubeで北原さんの動画が出てきました。そこからすべての動画を視聴して直ちにZoom説明会に参加し、若林さんと一緒に「北原の精神と時の部屋」(※)に入会しました。
入ってすぐ、その月のうちに弟子説明会に申込み、参加しました。漫画の世界という少人数の狭い場所で生きてきた自分にとって、会社勤めはできない。自分で事業を続ける以外、生きていく道はないと思っていました。北原さんとの1対1の面談は、心臓が喉から飛び出そうなほど、人生で一番緊張しました。この日を境に、数百人規模の生徒の前で講演活動をしてもまったく緊張しなくなったことに感謝しています。
※北原の精神と時の部屋:北原孝彦が代表を務めるビジネス塾。2020年に設立し、2024年11月にUBM(ビジネス行動管理大学)に改称。

――北原さんの言葉のどこに惹かれたのでしょうか。
私たちが日々保護者の方に一生懸命お伝えしていることと、北原さんがビジネスについてお話されていることが、かなり共通していたんです。当初は、北原さんの推奨する加速化・多店舗化するビジネスと私のような個人経営の積み木教室では、まったくの別世界だと思っていました。でも、環境が大事。積み上げが大事。背中を見せることが大事。人との関わり方や繋がりが大事。それは、私たちが「良い教育」や「良い子育て」として伝えてきたことでもありました。
私たちの積み木教室は、単に積み木の作り方を教える場ではありません。生き方や育ち方、考え方を親子で感じてもらう場だと思っています。積み木は、巷ではお受験の際に教材として使われることもあります。もちろん、それ自体を否定するわけではありませんが、積み木を「正解を出すための道具」として使うのは、本来の遊びとは少し違うと感じています。子どもには、自分でやってみたいことがあるはずです。自由に試したい気持ちがあるはずです。その気持ちを大事にできる場所でありたいと思っています。

――相田さんにとって、良い教育とは何ですか。
親が先回りしないこと、指示しすぎないこと、そしてブレないことだと思っています。それから、子どもの力を信じること。焦らず見守ること。これも北原さんがおっしゃることと同じですね。子どもがその年齢に合った遊びや学びを、段階を踏んで、ゆっくりと丁寧に行っていくことが大切です。だから長期的な視点で私たちに会いに来続けてほしいんです。そんなお母様の支えになれるよう、全力で対応してまいります。
私はこれまで、娘に積み木以外のおもちゃをほとんど買い与えてきませんでした。テレビもゲームもスマホもない環境を維持しています。その代わり、自然体験や田植え、虫取り、魚のつかみ取りなど、時間をかけて実際に手や身体を使って体験するもの、それから特に「ゼロから生産する体験」だけにお金を使ってきました。
子どもにとって良い環境は、物を買い与え、受け身になる場に連れて行くことではなく、「考えざるを得ない、少しだけ困難な環境をあえて選ぶ」ことだと思っています。あとは、子ども自身がその中でどう過ごすかを自由に決め、決めたことを私たち大人が受け入れて見守る。その環境設定にこだわってきました。
今は情報が多く、習い事や教材もたくさんあります。プログラミングや英語、新しいものに飛びつく人も多い。増やすのは簡単だけど、厳選し、ひたすらに深く掘る、継続するのは難しい。みんな、少し飽きてきたり結果が出ないと、すぐにまた新たな手法へと移っていく。でも、本当に大事な教育の本質は、昔も今も変わっていないと思います。
単発から継続へ 年商2000万円を目指す教室に

――北原さんから学ぶなかで、事業はどのように変わっていきましたか。
売上はおかげさまで右肩上がりになりました。自宅開催をスタートした2020年は年商200万円ほどでしたが、テナント移転した2023年には900万円ほどになり、今期2026年は2000万円を目標にしています。積み木以外の事業も含めた数字ではありますが、一度も大きく落ちてはいません。とはいえ売上は順調に伸びていますが、教育事業は家賃・人件費・教材費など固定費も大きく、利益よりも環境づくりを優先した投資を続けています。
――伸びていった要因は何だったのでしょうか。
単発ワークショップを辞め、継続的に通っていただく形にしたことが大きいです。売上のためというよりは、月会費制にしたことで、1~2回来て「楽しかった」でそれきり積み木のことを忘れて終わるのではなく、日常的かつ継続的に積み木に触れ続けてもらうことが本来の目的です。積み木で遊び込むことで、真の心と身体が安定し、頭脳にも良い影響を与える。積み木で育つことの素晴らしさを知った方にお集りいただけたことで、口コミもあり結果的に伸びたのだと思います。
積み木は、子ども時代に必要な「生きる土台を作る主食」のようなものだと思っています。歯みがきは面倒だろうと当たり前のようにみんな毎日行うのと同様に、積み木遊びも当たり前のように取り入れる。ピアノや英語、野球といった知識や技能を要する習い事は後からでも伸ばせますが、考える力をはじめとする非認知能力は幼少期~学童期にこそ育てる必要があります。だからこそ、継続して通える仕組みや、お子様がずっと遊んでいたくなる場作りが必要なんです。
100人お子様が体験にいらしたら、100人が「もっと遊びたい!明日も来たい!帰りたくない!」と言います。「2時間も落ち着いて遊んでいられるか心配…」という保護者の方も、「信じられない、こんなに長時間集中して遊べるのを見たのは初めてです…!」と、ものすごく驚かれます(笑)それが、横浜つみきを選んで頂いている証なのかもしれません。

――今後、どのような場所を作っていきたいですか。
お子様だけでなく、大人(特に女性)も安心していただき、お楽しみの時間も持てる…そんな居場所を作りたいです。私自身、子どもとして、女性として、母としてそれぞれのステージで自分らしくいられないことが多かったからこそ、同じような思いを抱える女性たちが心を許して集まれる居心地の良い場所にしたいと思っています。
横浜つみきは、子どもが積み木で遊びながら学んでいく場所でありながら、お母さまにとっても学びを深められる場所です。そこに、起業家の方々や、北原孝彦アカデミー(※)生、UBM(※)生たちが加わり、学び合ったり、それぞれの得意や「好き」を披露・交流したりできる場にしていきたいです。
※北原孝彦アカデミー:UBM(ビジネス行動管理大学)の学びをベースにしながら、北原孝彦のより近くで学ぶ区画。北原氏が直接指導にあたる。メンバーは経営スキルだけでなく、人としての在り方を学ぶ。
※UBM(ビジネス行動管理大学):北原孝彦が代表を務めるビジネス塾。2020年に「北原の精神と時の部屋」として設立、2024年11月に現名称に改称。

――北原さんの存在は、相田さんにとってどのようなものですか。
言葉にするのは難しく、また、宗教には全く詳しくないのですが北原さんの誰に対しても見捨てず向き合う方という姿勢を拝見していて「まるでキリストの様な神の領域のお方」だと感じます。元漫画描きの端くれだったので、北原さんを中央に配置した「最後の晩餐」の構図が浮かんできます(笑)。善も悪も含めて、相手をすぐに切り捨てない。攻撃的な言葉を向ける人に対しても、突き放すのではなく、どこかで手を差し伸べようとしている。そんな方って、なかなか出会えないですよね。
私は現在、小中高校生を対象にした「デートDV予防講座」の受託を受けて講演活動を若林と共に毎年行っているのですが、DV加害者の更正プログラム研修も受講中です。その活動の際にも、北原さんの応対や姿勢が学びになり活かされている部分が大きいです。
そこから、人との関わり方や、信頼する人を大切にし続けることを意識して実践しています。私はこれまで、裏切られるのではないか、迷惑をかけるのではないかと考えすぎて、自分から離れてしまうこともありました。同時に自分の思いをストレートにぶつけてしまい、たくさんの人を傷つけてしまった経験もあります。でも北原さんとの出会いを機に、私も1人ひとりのお客様と長く関わり、大切にしていけるそんな場所を作りたいと思うようになりました。
――最後に、相田さんにとって横浜つみきとは、どのような場所ですか。
横浜つみきは、子どもたちが積み木を通じて、自分で考え、工夫し、自分の力で世界を作っていく場所です。そして、お母さんたちが抱えている不安も悩みも受け止められる存在でありたいです。「悩んでいたけど、大事なことはそこじゃなかったんだ。もっと楽に構えて大丈夫なんだ」と気づいていただく場所でもあります。
子どもに何かをやらせるのではなく、環境を用意する。先回りして指示するのではなく、自分で考え行動する余白を残す。その大切さを、積み木遊びを通して伝えていきたいです。
取材を終えて
相田さんの魅力は、逆境に負けない強さと行動力、目の前の人を全力で助ける精神を大切にする温かさです。いろいろな事情を抱えた環境で育っても折れることなく、その経験さえも仲間に寄り添う優しさに変えてこられた方。素敵なスタッフさんに囲まれているのも、そんな相田さんの人柄あってこそだなと感じました。
そして、「積み木教室って、なんだろう?」とはじめて聞いたときは不思議でいっぱいでしたが、ただ遊ぶだけでなく「考える力」を育てる最高の知育玩具と知り、興味が湧きました。お子様だけでなく大人が本気で遊んでもハマる!とのこと。10万個以上もの積み木、想像するだけでワクワクします。私も横浜に行った際は、ぜひ体験してみたいです!
(記事制作:ひとひら企画/インタビュアー:渡辺まりこ、人生の軌跡グラフ制作:Emodea・相場綾香)
※掲載情報は2026年7月現在のものです。最新情報は公式サイト等をご確認ください

