【料理代行|北村光穂】「ぶれない生き方」が人を惹きつける。彼女の周りに温かい仲間が集まる理由
三重県を拠点に、料理代行サービス「Merci(メルシー)」、料理代行スクール「メゾンシェフスクール」を運営する北村光穂さん。共働き家庭や高齢者宅を訪れ、一人ひとりの暮らしに寄り添う料理を届ける一方で、料理代行の仕事を広めるための教育事業にも力を注いでいます。
現在はスクールに複数の講師やアンバサダーが集まり、仲間とともに事業を育てている北村さん。しかし、以前は「自分が全部担えばいい」と講座も運営も集客も一人で抱え込んでいました。北原孝彦さんとの出会いをきっかけに「一人で頑張る経営」から「人を巻き込む経営」へと価値観を変えていきました。
「私は人に恵まれています」と誇らしく語る北村さん。彼女の周りにはなぜ人が集まり、応援する仲間が増えていくのか。北村さんの生き方と、想いに迫ります。
食事だけではなく、暮らしを支える。料理代行の本当の価値とは

――まず、北村さんの事業について教えてください。
料理代行サービス「Merci」を運営しています。家事代行のなかでも、料理に特化したサービスです。お客様のご自宅へ伺い、キッチンをお借りして料理を作ります。
利用者は、共働きで子育てをされているご家庭の方が多いです。産前産後のお子さんがいる時期から、小・中学生へと成長しても長く利用してくださる方もいます。ほかにも、一人暮らしの高齢者の方や、ご夫婦二人暮らしのご家庭、健康を気遣う単身世帯、親元を離れて暮らす大学生など、幅広い方にご利用いただいています。
ご家庭によって求められることはさまざまなので、料理そのものを届けるというより、その人の暮らしに合った食卓を届けることを大切にしています。
また、料理代行スクール「メゾンシェフスクール」も運営しています。

――お客様からはどんなことを求められるのでしょうか?
高齢の方からは「亡くなった奥さんが作ってくれた味をもう一度食べたい」とご相談いただくことがあります。ある男性のお客様は「新婚旅行で奥さんと食べたハンバーグの味が忘れられない」と話してくださいました。
どんな味だったのか、甘かったのか、しょっぱかったのか、色はどうだったのか。一つひとつ思い出を伺い、当時食べたお店まで調べて再現したこともあります。
――求める味を、丁寧に伺っているんですね。
はい。そのため、初回は必ずご本人にご在宅いただいています。キッチンだけではなく、リビングに飾ってあるお子さんの絵や、冷蔵庫に貼ってある給食の献立など、暮らしの風景から「このご家庭は、何に困っているのだろう」と考えます。
料理は毎日のことだからこそ、正解は一つではありません。その日の体調や気分、ご家庭の状況に合わせて柔軟に対応する方が喜んでいただけるんです。

「北村さんが来てくれるから」料理代行が支えた、一つの家族の決断
――多くのご家族と接するなかで、印象に残っている出来事はありますか?
あるお母さんに「北村さんが来てくれるから、3人目を出産できた」と言ってもらえたことですね。
共働きで二人のお子さんを育てていたご家庭に、第三子が生まれたんです。出産からしばらく経った頃、「実は、この子は諦めようと思っていたの」と話してくれて。仕事も育児も大変で、3人目を育てる余裕なんてないと思っていたけれど「北村さんが来てくれるから、何とかなると思えた」と言ってくれました。
さらに「今こうして子どもがキャッキャと飛び跳ねてるのも北村さんのおかげだよ、ありがとう」と感謝を伝えてくれて。それが、一番嬉しかった出来事ですね。

――そのお母さんにとって、北村さんは心強い存在だったのですね。
そうだと嬉しいです。私は家庭に風穴を開ける存在でありたいと思っていて。自分でも「おせっかいおばちゃん」だと思うほど、ご家庭に入り込むタイプなんです。
そのため、料理を作るだけではなく、ご夫婦のことや親子関係、兄弟げんかのことまでお話を伺うことがあります。家族だからこそ言えないこと、夫婦だから抱え込んでしまうこともありますよね。そこに私のような第三者が入ることで、空気が変わることがあります。
料理を届けるのはもちろんですが、それ以上に、家族が少し笑顔になったり心に余裕が生まれたりすることが、この仕事ならではの価値だと思っています。
――素敵ですね。料理代行スクールについても教えてください。
料理代行を仕事にする人が、もう一度自分の事業を見つめ直せる場所を作りたいと思って立ち上げたのが「メゾンシェフスクール」です。
料理代行を続けるなかで「ある程度経験を積んだあと、どうしたらいいんだろう」と悩む方が多いことに気がついて。この仕事には資格も教科書もないからこそ、みんな手探りで始めます。
スクールでは、自分の強みを見つけたりコンセプトを整理したりしながら、自分らしく仕事を続けられる力を育てることを大切にしています。

――実際に生徒さんには、どのような変化が生まれているのでしょうか?
多くの生徒さんが、料理の技術だけではなく、仕事への向き合い方そのものが変わっていきます。「誰にどんな価値を届けたいのか」が整理できるようになったり、物事を環境や他人のせいにするのではなく「自分にできることは何だろう」と考えられるようになったり。
実際に、サービスのリピート率が30%から70%まで伸びた方や、開業して1カ月で初めてのお客様を獲得した方もいます。
「好き」よりも「求められること」を選び続けて

――北村さんは、昔から料理人を目指していたのですか?
実は、全然違うんです(笑)。中学3年生の頃、とにかく勉強するのが嫌で、高校へ進学せずに済む道はないかと考えていました。
母には「好きにすればいい。でも、人と違う道は大変だよ」と言われましたが、高校へは行かずに近所の調理師専門学校へ進学しました。最初から「料理人になりたい」という夢があったわけではありませんでした。
――卒業後は、どのような道へ?
1年間専門学校で学び、17歳で就職しました。最初の職場は、農業テーマパーク内にある自然食バイキングレストラン。自社で育てた野菜や、ハム・ソーセージ、乳製品などを使った料理を提供するお店で、厨房スタッフとして働き始めました。
当時、一人暮らしも初めてで、社会のことも何も分からない状態でした。気づけば自分で自分を追い込んでしまい、十分に食事も取れないまま体調を崩して退職してしまいました。
今振り返ると、周りの人たちは私を助けようとしてくれていたのですが、当時の私はそれに気づく余裕すらありませんでした。

――苦しい時期だったのですね。
はい。その後はご縁があって、三重県の洋食レストランに転職しました。前菜を担当しながら、新店舗の立ち上げや通販商品の製造、写真撮影など、たくさんの経験を積むことができましたね。料理だけではなく、「お店を作る」ということを丸ごと学ばせてもらった期間だったと思います。
この経験が、今の仕事の土台になっていて。料理そのものが好きというより、目の前の人が求めてくれることに応え続けてきた結果、今の仕事につながっていました。

料理代行の原点になった、ベトナムの家政婦文化

――その後、今の事業を始めるまでにどんな経緯があったのでしょうか?
27歳のときに結婚してすぐ、主人の海外赴任が決まり、約3年間ベトナムで生活しました。ビザの関係で私は仕事ができず、子どもも授かったので家庭で過ごす毎日でしたね。
ただ、料理人の習性なのか、市場や地元のお店へ通っては「この料理はどのように作るんですか?」と聞いていました。ベトナムならではの食文化に触れられたことは、大きな経験でしたね。

――自然と料理に目が向いていたんですね。
はい。また、ベトナムの「家に人を招いて家事を手伝ってもらう」という独特の文化を身近に感じて過ごしました。
帰国後、子育てをしながら飲食店で働くことを考えると、土日祝日や夜の勤務が多く、家族を犠牲にしてしまうのではないかと不安を感じていて。そこで「料理の経験を、家庭のなかで活かせる仕事はないか」と考えたとき、ベトナムの家政婦文化と結びつき、料理代行の仕事にたどり着きました。

――そのアイデアをどのように仕事にしていったのですか?
29歳で帰国し、料理代行サービス「Merci」を立ち上げました。とはいえ、開業してすぐに仕事が軌道に乗ったわけではありません。半年ほどは、お客様が一家庭しかおらず不安な時期もありました。
開業資金もほとんどなく、大きな広告は出せませんでしたが、地元のフリーペーパーへの掲載だけは行いました。すると、担当の方が同じく共働きで子育てをしている女性だったこともあり「このサービスは絶対に必要ですよ」と、親身になって応援してくれたんです。「こんな記事にしてみましょう、こんな見せ方はどうでしょう」と一緒に考えながら、力を貸してくれました。
――それは心強いですね。
はい。また、過去にはベトナムで知り合った日本人の女性に街を案内したことがあったのですが、そのお礼として格安で公式サイトを制作してくれたんです。
多くの支えによって少しずつお問い合わせが増え、料理代行の仕事が軌道に乗っていきました。

北原孝彦氏との出会いが変えた、経営の“考え方”

――事業が順調に進むなか、北原さんとはどのように出会ったのですか?
2024年9月、北原さんのYouTubeを見たことが転機でした。実は、それ以前にも動画を見たことはあったのですが、何も感じなくて。しかし、その日は動画を見た瞬間に北原さんの言葉が全部刺さったんです。そして「この人についていかなければいけない、UBM(※)で学びたい」と強く思いました。
とはいえ勉強する時間やお金、家族の理解も必要なので、まずは自分の生活を整えようと決め、準備が整った2025年7月にUBMへ入会しました。
※UBM(ビジネス行動管理大学):北原孝彦が代表を務めるビジネス塾。2020年に「北原の精神と時の部屋」として設立、2024年11月に現名称に改称。
――入会後、一番変わったことは何でしょうか?
「一人で頑張ることが正解ではない」と気づけたことです。それまでは、講座も運営も集客も、全部自分で頑張ればいいと思っていました。しかし、UBMの合宿や支部会で、人を巻き込みながら事業を作る考え方を学びました。
特に印象に残っているのが「出すぎない」という考え方。私はつい「こうしたらいい」と口を出してしまうタイプで。相手を信じて任せる大切さを学んだことで、事業のあり方も大きく変わりました。

――事業の体制はどのように変わったのですか?
管理栄養士やマインドコーチ、デザイナーなど、それぞれ専門分野を持つ講師が集まり、一緒に講座を担当してくれるようになりました。
料理代行の仕事には料理の技術だけではなく、デザインや集客、マインドも必要です。だからこそ、一人で全部教えるのではなく、それぞれの専門家が学びを届けるスクールを目指すようになりました。
今ではみんなで作るコミュニティの方が、受講生にとっても価値があると思っています。
――素敵な気づきですね。北原さんとは、UBMでどのように関わりを深めていったのでしょうか。
UBM入会後、お話できる機会が少しずつ増えていきました。
しかし、なかなか自分から距離を縮める勇気が持てなくて。私にとって北原さんは画面の向こうの存在で、実績も影響力も大きい方です。「自分なんかが軽々しく近づいていいのだろうか」と、どこかで思っていました。
ありがたいことに北原さんのYouTubeにも出演させていただきまして、そのときに北原さんから「もっと近くへ来る気はありますか?」と聞かれましたが「本当に近づいていいのだろうか」という迷いを拭いきれませんでした。
――憧れがあるからこそ、近づけなかったんですね。
はい。その後、アカデミー入会前の面談でも、同じ迷いを口にしてしまったんです。すると、北原さんが「さっさと来い」と背中を押してくれて。「信じてほしいなら、まず自分が信じなさい」と言われたような感覚があり、その言葉で目が覚めました。
学びたいと言いながら、迷っていたのは自分。ここで踏み出さなかったら、きっと一生後悔すると思い、北原孝彦アカデミー(※)(以下、アカデミー)への入会を決めました。
※北原孝彦アカデミー:UBM(ビジネス行動管理大学)の学びをベースにしながら、北原孝彦のより近くで学ぶ区画。北原氏が直接指導にあたる。メンバーは経営スキルだけでなく、人としての在り方を学ぶ。


――アカデミー入会後、さらに変化や成長を感じている部分はありますか?
それまでは、料理代行の業界のなかだけで物事を考えていたんです。しかし、アカデミーで多くの経営者の方と話すようになり、まったく違う業界の考え方や価値観に触れられるようになりました。
人と話すたびに「自分は何を目指したいのか」が整理され、料理代行を広めたいという想いも、以前より明確になりましたね。
「北村さんだから一緒に働きたい」仲間が自然と集まる理由
――アカデミーでの様子を見ていると、北村さんの周りには仲間が自然と集まっているように感じます。
ありがたいことに、本当に人に恵まれていると思います。
例えば、平井裕さんには、UBM愛知支部立ち上げの際に「運営を手伝ってほしい」と声をかけていただきました。本来は三重県在住の私が愛知支部の運営に入るのは特例だと思いますが、平井さんは私が居心地よく活動できるよう、たくさん気を配ってくださっているんです。
大橋栞さんもいつも温かく接してくれて、支部会ではたくさん支えていただいています。さらに、大浦地倖成さんとは今でも週に1〜2回ほど壁打ちをする関係です。お互いに事業について相談し合いながら、私も自分が持っている経験を少しでも伝えられたらと思っています。大浦地さんは大学を卒業したばかりだからこそ「社会との接点やアカデミー生同士をつなぐハブのような存在になれたらいいね」と話すこともあります。
お名前を挙げきれないほど多くの方に支えられているので、私もいただいたものを周りへ返していける存在でありたいです。

――ご自身の事業では、どんな人がサポートしてくれているのですか?
料理代行スクールでは、内部講師として4名の方が一緒に運営してくれています。
管理栄養士の浅田真紀さんをはじめ、それぞれ専門分野を持った方々が力を貸してくれています。しかも、ただ「報酬があるから」ではなく「一緒にこの業界を良くしたい」という想いで集まってくれている方ばかりなんです。
SNSも一緒に運営していますし、講座のモニター生だった方々がアンバサダーとなって、新しい生徒さんをサポートしてくれるようにもなりました。

――素敵な仲間ですね。なぜ北村さんの周りには温かい人が集まるのでしょうか。
実は「なぜ私を頼ってくれるの?」と聞いたことがあるんです。すると、皆さん口を揃えて「ぶれないから」「納得することを言ってくれるから」と答えてくれました。
私は、特別なことをしているつもりはありません。ただ、そのとき自分が正しいと思うことを、誠実に伝えてきただけです。このことを北原さんへ話したとき「それは今までの生き方の結果だよ」と言っていただいたことがありましたね。
信頼は、一日で生まれるものではありません。これまでどんな姿勢で人と向き合ってきたか、その積み重ねが今の仲間とのご縁につながっているのだと感じています。

「料理代行を、当たり前の選択肢に」北村さんが目指す未来

――最後に、北村さんが目指している未来について教えてください。
料理代行の仕事を、もっと当たり前の選択肢にしたいです。今はまだ「特別なサービス」と思われることも多いですが、もっと身近な存在になれる仕事だと思っています。
生活関連サービスや訪問型サービス、お惣菜事業などとも連携しながら「料理代行がある暮らし」が当たり前になる社会を作っていきたいですね。教育事業も続けていきたいと思っています。
この仕事を好きになって、長く続けられる人を増やしたい。そのために、仲間と一緒にコミュニティを育てていきたいと思っています。今、たくさんの方が私を応援してくれていて、私一人の夢というより「みんなの夢を私に託してくれている」という感覚なんです。
だからこそ、期待に応えられる人であり続けたい。求められることを、自分にできる形で世のなかへ届け続ける。それが、これからも変わらない私の挑戦です。

取材を終えて
北村さんは、温かいお母さんのような方です。自称「おせっかいおばちゃん」という表現はまさに!誰でもウェルカムな雰囲気で包容力があり、かつ周りの方に感謝の気持ちを示せる方なのです。だからこそ自然と、「北村さんのことを応援したい!」という方たちが集まるのだろうなと感じています。
心から相手のことを考えた、北村さんのお料理。きっと美味しくて幸せな気持ちになれるのでしょうね。
(記事制作:ひとひら企画/インタビュアー:渡辺まりこ、人生の軌跡グラフ制作:Emodea・相場綾香)
※掲載情報は2026年6月現在のものです。最新情報は公式サイト等をご確認ください。
