【病院・介護施設の清掃業|戸津井伸】「掃除を忘れてもらえる」のが理想。人を育て、崩れない会社を作る
埼玉県で病院・介護施設専門の清掃を行う株式会社MEDICREW(メディクル)を経営する戸津井さん。専門の清掃を手がける裏側には、感染対策のための徹底したマニュアルと道具の標準化、そして「入院したくて入院している人はいない」という配慮があります。
前職の清掃会社に22年勤めるなかで「病院清掃のスタンダードがない」という課題に向き合い、2024年に独立。UBM(※)で北原孝彦さんに学びながら、病院・介護施設の枠を超えた「崩れない清掃会社」のネットワーク構築を模索しています。
「お客様が掃除のことを忘れているのが一番いい状態」と語る戸津井さんに、事業への想いとビジョンを伺いました。
※UBM(ビジネス行動管理大学):北原孝彦が代表を務めるビジネス塾。2020年に「北原の精神と時の部屋」として設立、2024年11月に現名称に改称。
「綺麗にする」その先へ。病院・介護施設専門清掃の価値

──まずは、戸津井さんの清掃事業について教えてください。
柱は二つあります。病院・介護施設の清掃を業務委託で丸ごとお受けするものと、清掃のコンサルティングです。
清掃のメインは「日常清掃」といって、日々の掃除ですね。お客様の施設の近くにお住まいの方にスタッフとして入っていただいて、掃除を担ってもらっています。
──病院・介護施設の清掃ならではの特徴はあるんですか?
ご病気やお怪我で健康ではない方がいらっしゃる場所なので、そこへの配慮から始まります。
それから院内感染ですね。インフルエンザやコロナ、ノロウイルスなどはもちろん、健康な方なら大丈夫でも体の弱った方は発症してしまう可能性があります。そうした感染症の対策が一番の土台になっています。
──「健康ではない方がいるから」というのは、清掃のやり方だけでなく、マインドや振る舞いの話でもあるんでしょうか。
そうですね。私たちが目指しているのは、綺麗にすることだけではないんです。「あなたが来ると安心」「あなたのように元気に働きたい」などと言っていただけるような、癒しの存在でもあるんだよ、と。そのような仕事だとスタッフには話しています。

というのも、入院したくて入院している人はいないと思うんですよ。基本的にはみんな家にいたいのに、図らずも病院や施設で過ごさなくてはいけない。主に入院・入居されているのは、今の日本を作ってくださった年代の方々です。皆様が少しでも快適に過ごせたらという気持ちで清掃しています。
──その気持ちで取り組むと、何が変わるんですか?
理不尽なことがあっても、続けられるようになると思います。綺麗にしたのにまた汚されたり、心ないことを言われたり、清掃業は理不尽なことも多いんです。でも「病気がそうさせている」と捉える。看護師やドクターが忙しくてそっけないときもあるけど、「そういう場所を守っている」というマインドで仕事をすれば長続きします。
新人のオリエンテーションでは、「あいさつをしても返ってこないこともあるけど、大事だから自分からしよう」と伝えています。返事がなくてへこむ人もいるんですが、たまたま患者さんに呼ばれて対応してできない場合も多いですから。
──病院や介護施設は、清掃においてどんなことに悩んでいるんでしょう。
一番多いのは人手不足です。今入っている清掃会社さんが人を集められず「何とかなりますか」というご相談をよく受けます。
もう一つ強く言われるのが接遇です。「患者にこんな口の利き方をした」といった不満から、業者を変えたいというご要望が多い。掃除だけならどの会社でもできるんです。看護師やドクターが気にするのは、本当に衛生的な方法でできているのか、どのような人が担当するのか。その二つに尽きます。
「誰が行っても同じ品質に」道具と手順の標準化
──衛生的な清掃の仕方について、もう少し詳しく教えてください。
院内感染防止の手順がマニュアルで決まっていて、それに沿って行ってもらうんです。

私の考え方の一つに「やり方は道具に紐づく」というものがあります。適切な道具を正しく使えば、結果は自ずと決まってくるんです。
──具体的にはどんな道具を使っているんですか?
ウイルス除去率が高いというエビデンスがあるので、モップやクロスはマイクロファイバー製です。洗剤は除菌洗剤で、コロナ流行時にダイヤモンド・プリンセス号を消毒したものと同じ成分なんですよ。

洗剤の希釈倍率が決まっていて、機械のレバーをひねれば誰が握っても同じ倍率になる。トイレの清掃後はクロスを洗濯に回して道具を替える、といったことも全部マニュアルで決めています。
──覚えることが多くて大変そうですが、スタッフ教育はどうしているんですか?
勉強会では、作業の意味を教えています。「なぜこの倍率なのか」「なぜこの洗剤なのか」という部分ですね。
というのも、作業自体は覚えなくてもできる仕組みにしてあるんです。色で分けられていたり、機械を使えばよかったりするので。だからこそ意味を伝えると「そういうことだったんですね」と納得してもらえます。

手洗いのトレーニングも徹底しています。蛍光剤を手につけてブラックライトで照らすと汚れが見えるので、正しい手洗いで落ちることを目で確認してもらう。感染対策で重要なのは、手を清潔に保つことですから。
──清掃後、施設からはどんな声をもらっていますか。
基本的には、現場スタッフへの労いの言葉が多いですね。
「前の業者では綺麗にならなかったところが綺麗になった」「ヘルパーや看護助手の負担が軽減されて助かっている」という言葉を、先日も施設の幹部の方からいただきました。
──清掃コンサルティングも行っているとのこと。どんな内容なんでしょうか?
「自分たちで清掃を行いたい」という会社に、ノウハウを提供しています。道具の選び方、やり方、マニュアルの作り方を一緒に整えて、最終的には内製化を目指します。クリニックや病院をお客様に持つ企業が「清掃部門を作りたい」というケースもありますね。
期間はまちまちですが、半年から1年ほどで自社内製化まで持っていくイメージです。過去には「1日だけトイレ掃除を教えてほしい」という依頼もありましたね。
目標がなかった青年が、清掃にたどり着くまで
──ここからは、戸津井さんのこれまでを伺います。学生時代から卒業後にかけて、どんな道を歩んできたんですか?
高校卒業後に1年浪人して、大学に進学しました。お恥ずかしい話ですが、やりたいものがなくて。アルバイトばかりしていました。在学中に就職活動をせず、そのままいわゆるフリーターの道を選びました。飲食店のアルバイトが多かったですね。
──そこから、どういう経緯で清掃の仕事に?
25歳のときに付き合っていた彼女と別れて、さらにやりたいことがなくなり、27歳頃に沖縄に行ったんです。当時は米軍基地のニュースが流れていて、「実際現場はどうなっているんだろう」と好奇心が湧きまして。

沖縄は、地元に知り合いがいないとアパートも借りられないし、仕事もないんです。なんとか寮付きのリゾートホテルに採用してもらい、レストランのサービスとして働きました。
そのまま沖縄に落ち着くかと思っていたら、2001年にアメリカで同時多発テロが起きました。修学旅行の団体客がメインのホテルだったのですが、予約が軒並みキャンセルになり、観光客も来なくなって。私はホテル所属なので仕事はあったけど、地元のアルバイトの方たちが仕事を失って、「自分がこのままここにいていいのかな」と思うようになりました。
ちょうどその頃、沖縄で出会った方と「結婚して埼玉に戻るか」という話になり、ちゃんと働かなくてはと就職したのが清掃会社でした。それが29歳のときです。
──それまで清掃の仕事の経験はあったんですか?
全然なかったです。実は今でも家の掃除は苦手です(笑)。
なぜ清掃だったのかというと、営業したくなかったからです。埼玉に戻った理由の一つも、ホテルから「営業をしない?」と言われたこともありました。一度だけ置き薬の営業を2〜3カ月してみたら、よく売れました。それでもしたくなかった。「清掃なら作業していればいい」という動機でした。
──そのときの配属先は、どのような場所だったのですか。
それが病院と介護施設だったんです。ただ当時は、病院の清掃なのに業界全体の感染対策への意識が低い時代でした。「これは違う」と思い、本や資料を取り寄せて読み漁りました。業界団体の資格も取ったのに、勉強しても現場で使えないんです。

病院側には感染対策のマニュアルがあったけど医療の面だけで、掃除の部分はごっそり抜けていた。病院清掃のスタンダードがない状態で、「これは自分がマニュアル化しないといけない」という使命感が湧いてきたんです。
「自分の理想は、自分で実現するしかない」独立という転機
──その思いを、どう形にしていったんですか?
行き着いたのは、自分で理想を実現する道でした。前職の会社では自身の力不足で「やり方は道具に紐づく」という考えを形にできなかった。紆余曲折を経て、2024年に51歳で独立して株式会社メディクルを立ち上げました。

マイクロファイバーのモップ、機能的なカート、除菌洗剤、使い捨て手袋やマスクなどの個人防護具。これらを常備して、いつでも使えるようにすべきだとつねづね思っていました。
でも当時は世の中もそこまで求めていなかったし、お金もかかる。「病院専門なんて、何をもって専門と言えるのかどこにも正解がない」と、釈然としない思いがありました。
そんな折にコロナが流行して、業界全体が対策せざるを得なくなった。衛生管理の必要性が高まって掃除の仕事は止まらず、あちこちから依頼が舞い込む状況だったんです。国から病院に届いた防護具を使わせてもらえたこともあって、一部は取り入れられた。それでも「やっぱり何か違う」とモヤモヤしていましたね。
──実際に会社を立ち上げてみて、どうでした?
最初は一人で始めました。ありがたかったのは、お世話になった方々や同業者が声をかけてくださったことです。前職時代に退職されていた方が、別の病院に移った後に私の独立を知って「清掃で困っているから」と紹介してくれました。人がいない現場を引き継ぎ、自分で入って人が集まるのを待ったこともありましたね。
困っている方々からのご依頼を引き受けてきました。
ご縁を通じてつながっている感覚です。
──今、社内はどんな体制で動いているんですか。
羽田という幹部がいます。「フィールド(サクセス)マネージャー」として、営業も現場も、フロントで起こることを、協力しながら対応しています。

彼は話も上手いので、社内勉強会の講師も任せています。現場の叩き上げのスーパーバイザーも加入して、少しずつ、私が一歩下がっても回る形を作っているところです。
北原孝彦さんとの出会いと、経営者としての変化
──北原さんを知ったきっかけは何だったんですか?
前職自体に新規事業立上げを命じられて「集客を勉強しなくては」と思い、2022年頃にYouTubeの動画を観たのがきっかけです。最初は「面白いな」程度の気持ちで動画を観ていたんですが、そのなかで時折キラッとビジネスの本質を語っていらっしゃる。

美容師として11年働いて失意のうちに辞めたという境遇にも、僭越ながら自分と重なるものを感じましたね。2023年6月にUBMに入り、2024年2月に弟子区画(※)、北原孝彦アカデミー(※)(以下、アカデミー)にも入りました。
※北原孝彦アカデミー:UBM(ビジネス行動管理大学)の学びをベースにしつつ、さらに北原孝彦に近いところで学ぶ区画。北原氏が直接指導にあたる。メンバーは経営スキルに加え、人としての在り方も学ぶ。
※弟子区画:「3年間は挑戦から逃げない」と北原孝彦と約束した人が参加する。毎月の月報提出に加え、弟子合宿では全員が活動報告を行う。現在は募集を終了している。
──入ってすぐ、成果はあったんですか?
弟子になってすぐに、清掃コンサルティングでゼロイチを達成できました。グループで複数の施設を持つお客様の清掃内製化を支援する仕事です。
当時は「毎日SNSを更新しなさい」と言われていて、それは難しかったので週に3日ほどInstagramの発信にも取り組んでいました。
──北原さんの教えで、一番心に残っているものは何でしょう。
経営者の姿勢ですね。「フェーズによって経営者の役割が変わっていく」という話にあった、「調子に乗って、言葉で周りを傷つけて、ダメになっていく人がいる」という言葉です。そうなってはダメだと肝に銘じました。
──組織作りに活かしていることはありますか?
悪口を言わないことです。この業界は優秀な人に負担が集中しがちで、責任感の強いリーダーほどメンバーにきつく当たってしまう。それに耐えられず周囲の人が辞めていく悪循環が起きやすいんです。
当社のオリエンテーションでは、悪口を3つのパターンに分けて伝えます。同僚に悪口を言いたくなるのは、自分の仕事を振り返る合図。お客様先への文句は、こちらでは変えることは出来ないから言わない。会社への不満は、提案書に書いて届けてくれたら全力で取り組む。そこまで対策してもゼロにはなりませんが。
──他にも、学びから生まれた取り組みはありますか。
北原さんとの壁打ちから生まれた、スタッフ勉強会ですね。以前は自分たちで会議室を借りるのが当たり前という固定観念があったのですが、お客様先の会議室をお借りして開催する形に変えました。お客様からの信頼につながりますし、お客様幹部の方が「ちゃんと勉強しているんですね」と労ってくださると、スタッフも喜ぶんです。

先日は看護部長さんから「テーマによっては参加したい」という声もいただきました。今後は同業者向けの勉強会も企画していきたいです。
──アカデミーに入って、変わったことはありますか?
もし入っていなかったら、自分だけ役員報酬を上げて「もうこれでいいや」となっていた気がします。会社が軌道に乗った時点で満足して、広い視点に目を向けなかったと思いますね。
「崩れない清掃会社」を全国へ。戸津井さんが描く未来

──今後、どんなことに取り組んでいきたいか教えてください。
清掃の仕事を、誰かの人生のリスタートの受け皿にしていきたいんです。「自分には何もできることがないと思っている人」や「人生どん底になってしまった」という方の救いになれるかもしれない。私自身もどん底から人生のリスタートをしました。そのためにも、清掃業界のイメージアップも含めて、ちゃんと生活できる給与を出せる会社にしたいと思っています。
──実際に、そうした受け皿になっている例はあるのでしょうか。
まさに、スタッフの一人である麻岡美由紀さんがそうですね。彼女はアカデミー生で、UBM埼玉支部会で知り合い、その後じっくり話す機会がありました。ちょうど人生の転機を迎えていたタイミングで、「新しい生き方をしたい」ということで、一緒に清掃の仕事をやっていくことになったんです。

美由紀さんは医療事務の経験もあり、現在は週3日、現場の清掃を担ってもらっています。覚えも早いし、仕事もできる方です。本当に助かっています。
美由紀さん自身が数百人規模のコミュニティを持っているので、いずれこの仕事を卒業していくタイミングが来ます。それはそれでいいと思っています。人生を立て直したい人が、一歩踏み出す場所に清掃の仕事がなれるなら、それこそ私がやりたいことなので。
──「誰かのリスタートを応援する」という考え方、いいですね。
ありがとうございます。実はこの考え方になったのはここ最近のことです。会社を立ち上げた当初は、「病院・介護施設清掃の専門家として生きていくんだ」と、本気でそれだけを考えていました。
でも、アカデミーで学ぶうちに、「ちょっと違うな」と感じるようになったんです。そもそも病院・介護施設専門の清掃って、あまりにもニッチで広がりに限界がある。専門特化自体、都会だからこそ成り立つビジネスモデルで、地方だと次の病院が数十km先、なんてこともざらですから、それだと事業として成り立たないんですよね。
──では、本当に目指したいものは何でしょうか。
清掃という仕事を通じて「誰かの人生をもう一度立て直す手伝いをすること」です。テレビなどで、刑務所を出た人を誰かが引き受けて、更生を支えていくような話を見ることがあります。あそこまで大きなことは、私にはできません。でも、規模は違っても、同じような「受け皿」にはなれるんじゃないかと思うんです。
例えば、児童養護施設を18歳で出て、行き場に困っている子。あるいは、何かのきっかけで居場所をなくしてしまった人。そういう方たちが「ここでなら、もう一度やり直せる」と思える場所に、うちの会社がなれたらいいなと。
だからこそ、大事にしたいのは「崩れない会社を作ること」。本当に力を入れるべきは、清掃の技術そのものより、そこで働く一人ひとりが安心して働き続けられ、成長していける環境を作ることだと考えています。
そういう会社を、埼玉だけでなく、全国のいろんな場所に増やしていきたいんです。誰か一人が欠けたら崩れてしまう会社ではなく、ちゃんと人を育てられる会社が各地にあれば、頼る側も安心できます。一足飛びにはいかないですけど、そこを目指して、一つずつ積み重ねていきたいです。
取材を終えて
「掃除の仕事は、技術よりもマインドが大事」ということが意外すぎました。理不尽な態度を取られても腐らず、変わらず丁寧に接し続けられるかどうか。これって簡単そうで、難しいです。だからこそ当たり前のようにできると、感謝されるんですよね。
こういうマインドを当たり前に持っている戸津井さんだからこそ、「誰かのリスタートを応援する」という考え方がしっくりくるんだと思います。きれいごとではなく、使命感。これから救われる誰かにとって、道しるべのような存在になっていくはずです。
(記事制作:ひとひら企画/インタビュアー:渡辺まりこ、人生の軌跡グラフ制作:Emodea・相場綾香)
※掲載情報は2026年6月現在のものです。最新情報は公式サイト等をご確認ください。
