【トレーナー|外山純司】孤軍奮闘だったパーソナルトレーナーがたどり着いた利他の精神

東京都内に4店舗を構えるパーソナルトレーニングジム「MEXTR(メクスター)」のフランチャイズ店を営む、トレーナーの外山純司さん。人体の構造をひも解き、不調の根本原因を探る独自の運動指導と、損得を超えてお客様に寄り添う温かな姿勢で人気を集めています。

ジムのオープンからわずか3カ月で黒字化を達成。順風満帆に見えますが、下積み時代にはお客様の役に立てない無力感や職場でのパワハラに苦しみ、何度も転職を繰り返す挫折も味わいました。 

「以前は孤軍奮闘タイプで、利他の精神なんてなかった」と語る外山さん。その人生が大きく好転したのは、温かい人とのつながりと、北原孝彦さんから「人を大切にする所作」を学んだことがきっかけでした。外山さんのこれまでの歩みと、人としての在り方の変化について伺います。

運動指導で姿勢と痛みを劇的改善するパーソナルジム

――お店の公式サイトを拝見しました。「MEXTR」ではどのようなトレーニングをしているんですか?

「姿勢を治したい」「肩や腰など体が痛い」といったお客様に対して、「姿勢が良くなった」と実感できる状態をキープするための体作りをサポートしています。メニューはマシンピラティスと整体で、運動指導をかけ合わせたアプローチが特徴です。

新規の方には、まず問診でお悩みやニーズだけでなく、食事や睡眠、仕事といった生活の背景を伺います。そのうえで実際の体の動きや感覚をチェックし、筋肉や関節の硬さ、平衡感覚などを見ていくんです。

――どんな悩みを持つお客様が多いですか?

「姿勢を治したい」「肩や腰など体が痛い」といったお客様が多いですね。「健康に過ごしたい」との声もあります。

――体の動きをチェックすると、何が分かるのでしょうか?

今の体の状態や、足りない要素が分かります。実際に三半規管をテストすると、うまく体のバランスを取れない方が大半で。「なぜだと思いますか?」と問いかけながら、原因を一緒に考えていくんです。

説明するときは、よくお化け屋敷に例えます。「真っ暗で怖い場所にいると、姿勢良くはいられないですよね」と。それと似たような緊張状態が、無意識に体で起きているんです。

――その後のアプローチについても教えてください。 

足裏の触覚と三半規管を鍛えることから始めます。これらの感覚器官が正しく働かないと、脳が状況をつかめずに危険を感じ、体をこわばらせてしまいます。そこで体を調整し、頭の位置と足の裏の感覚を一致させていきます。

――なるほど。お客様には、どういった変化が見られますか。

「他のジムに通っていた頃からあった、歩行時の足裏や腰の痛みが消えた」「教わったエクササイズで腰痛が治った」といった声があります。立ち仕事による腰痛でお悩みの方も、立ち方を少し調整しただけで、翌日には「痛みがなくなった」と喜んでいました。

――外山さんは整体師やトレーナー向けの講師業もされていますよね。そうした活動をするなかで、業界に対して感じることはありますか。

月に4回ほど整体師やトレーナー、インストラクターに向けたセミナーを開催しています。そのなかで思うのは、業界にはピラティスや筋トレの知識が豊富な専門家は多いものの、「なぜ人間の体はその機能を持っているのか」といった人類の発生や進化の過程まで目を向けている方は少ないということです。

人の体が本来どう作られているかが分かれば、なぜ姿勢が崩れるのか、なぜ痛みが出るのかという理由が見えてきます。そもそも筋肉や関節に詳しいだけでは、運動指導はできないと思っているんです。

プロを目指しサッカーに打ち込んだ学生時代

――プロフィールを拝見しました。昔はサッカーに打ち込んでいたそうですね!

はい、サッカーを始めたのは小学生の頃です。兄がチームに入っていたので「とりあえずやってみるか」という感じで始めて。その後も競技を続け、高校はサッカー推薦で強豪校へ進学しました。

高校2年生の頃、転機になった出来事があって。兄がJリーグの試合観戦に連れて行ってくれたんです。そのとき応援していたチームが逆転勝ちをして。会場の盛り上がりやチームの雰囲気を見て「自分もこのチームでプレーしたい」と本気でプロを目指すようになりました。

――大学でもサッカーを続けたのですか?

そうです。サッカー推薦で入学して、愚直に練習を続けました。ですが、恥ずかしい話、大学4年間のうち丸2年間は怪我で動けなくて。県選抜に選ばれるかもしれないと言われて臨んだ公式戦で、試合中に足の靭帯を切ってしまったんです。

帰りの最寄り駅で一人になったとき、勝手に涙が流れ続けて……。そこで自分のサッカー人生は終わったんだと、プロの道を諦めました。

――辛い経験でしたね……。

その後、監督にプロになれないなら退部すると伝えました。監督は普段、部員が辞めるのを引き留めないのですが、僕のことは「お前にはチームにいてほしい。ある程度動けるようになるまでは休んでいいから、怪我が治ったら戻ってこい」と声をかけていただきました。

それで大学4年の夏前にやっと復帰し、引退試合にスタメンで出場。ロスタイムに自分の蹴ったボールが相手の選手に当たってゴールに入り、勝つことができたんです。喜ぶ仲間の下敷きになりながら上を見ると、観戦に来ていた兄が拍手してくれていて。「最後に努力が報われた」と思えたあの光景は70歳、80歳になっても一生忘れないと思います。

無力感に苦しみ、転職を重ねた下積み期

――大学を卒業してからは、どういった活動をしていましたか。

大学時代に通っていた接骨院の先生から就職の誘いを受け、卒業後、柔道整復師の資格が取れる専門学校へ行きました。23歳の頃からその接骨院で働き始め、2年ほど経って正社員になりました。

ただ、当時の僕は知識も技術も不足していて、思うように症状を治せなかったんです。1回の施術で3000円ほどいただいていたのですが、次第にお金を盗んでいるような気持ちになって。結局、1年で辞めました。

――接骨院を辞めてからは、何の仕事をしたのでしょう。

ジムに入り、パーソナルトレーナーとして働き始めました。その後、転職して芸能事務所の専属トレーナーになったんですが、ここでもストレスを抱えてしまい、逆流性食道炎になってしまったんですよね。

――どのようなストレスがあったんですか?

職場でパワハラに遭っていました。「お前は本当に使えない」「いても意味がない」など言葉の暴力があって。ただ、自分でも実力がないと感じていたので「その通りだな」と受け入れていました。

サッカーの厳しい指導なら「上手くなるために頑張ろう」と思えました。しかし当時は、無力感に理不尽なパワハラが重なり、抵抗する術がなかったんです。そのタイミングで、新しくオープンするパーソナルジムからスカウトされ、転職する流れになりました。

お客様の支えと運命の出会い。店を構える決意をするまで

――移った先のジムでは、どんなお仕事をしたのですか。

トレーナー兼店長として、ジムの運営を一人で任されていました。待遇も良くなり、多くのお客様がついてくださったので、メンタルは安定していましたが、当初聞いていた契約内容とオーナーの言葉が、どんどん食い違うようになってきて。不信感が募り、退職を申し出たんです。そうしたら、通ってくださっていたお客様たちも一斉に辞める事態になってしまい、オーナーから裁判をほのめかされて……。

――え!大変。

でも、私のお客様には経営者の方が多く「絶対に大丈夫だよ」「あなたは全然悪くないから」「必要なら弁護士を紹介しようか」と、いろいろとサポートしてくださったんです。そのおかげで、無事に辞めることができました。

――外山さんは周りの人から可愛がられるタイプなんですね。

自分では何が評価されたのか分からないのですが(笑)。ただ、当時は自分を売り込む営業が苦手で「どうすれば相手のためになるか」だけは真剣に考えていました。

――そのジムを辞めてからは、どうなっていくのですか。

その後は、六本木を拠点にフリーランスとして活動しました。ジムを借りて元々のお客様を引き続き担当したり、別のお客様をご紹介をいただいたりして、順調に売り上げは伸びていきました。

ところが、年数が経つにつれてお客様の引っ越しや海外移住などの事情で客数が減っていきました。すごく焦っていたのですが、ちょうどその頃、今所属している「MEXTR」の代表・小見山純一さんに出会いました。たまたまご縁があって仲良くさせていただき、あるとき、「外山さん、自分のお店を作りましょうよ」と提案していただいたんです。

「ソトさんは話しやすい」YouTubeから始まった気取らない信頼関係

――お店を出すことに対しては、どんな気持ちでしたか。

最初は、固定費がかかることに尻込みしていました。ですが、いつも借りていたジムが、事情により使えなくなってしまい、腹をくくって小見山さんに相談。直営店ではなく、フランチャイズという形でお店をオープンしました。

――小見山さんは、なぜ外山さんに新規出店の声をかけてくれたのだと思いますか?

どうしてでしょうね、僕にも分からないんです。最初は小見山さんのYouTubeの発信を見ているだけの関係で。芸能事務所時代から動画を見てきて「この人が運営するセミナーに行ってみたい」と興味を持ったんです。

実際にセミナーの講師をされていたのは小見山さんご本人ではなく、トレーナーの杉山幹さんでした。まずはそのお二人のセミナーに行ってみようと思ったのが始まりですね。まずはそのお二人のセミナーに行ってみようと思ったのが始まりですね。セミナーに通ううちに小見山さんご本人と、会場でよくお話しする関係になりました。

ある日、「アイドルのライブがあるんだけど、一緒に行かない?」と小見山さんに誘っていただき、そこで「お金は気にしなくていいから、月1回ご飯へ行きましょう。困ったことがあれば話を聞くよ」と言ってくださって。そこから一気に距離が縮まりました。親しくなっていきましたね。

――素敵な関係ですね。

小見山さんはご自身のことを人見知りだとおっしゃるのですが、僕に対しては「すごく話しやすい」と言ってくださるんです。僕のことを「ソトさん」と呼ぶのですが、「ソトさんとの会話は全然気を使わない。怒らせてしまう地雷がないから楽っす」と言ってくれて。

僕自身、どれだけいじられても怒らないというか、むしろうまく返して笑いに変えたいと思うタイプなので、気取らないスタンスが話しやすかったのかなと思います。

北原さんの熱量に惹かれ、UBMへ入会

――ところで、なぜ北原さんのもとで学ぼうと思ったのですか?

UBM(※)に入ったのは、ちょうどフリーのトレーナーになったタイミングでした。きっかけは、北原さんのYouTube動画を見たことです。動画から伝わってくる熱量がすごくて、強く惹かれました。

当時の僕は、大して行動していないのに、頑張っているつもりになっていたんです。だから、北原さんが動画の中でしている厳しいフィードバックが、まるで自分に言われているようで耳が痛かった。それでも見続けるうちに、「この人から学べばなんとかなりそう」と直感的に思いました。

※UBM(ビジネス行動管理大学):北原孝彦が代表を務めるビジネス塾。2020年に「北原の精神と時の部屋」として設立、2024年11月に現名称に改称。

――いざUBMに入会して、どうでした?

周囲との温度差を感じました。楽しそうにしている他の受講生を見て、「遊びに来る場所じゃないぞ」なんて思ってしまって。今振り返ると、だいぶ尖っていましたね。

そんな中、もっと本格的に学びたいという気持ちが強くなり、弟子区画(※)に入りました。その後、合宿で北原さんが僕の所作を見て、「興味のない話を全然聞かなそうだね」と指摘してくださったんです。言われてみると、思い当たる節があって。たとえば、人と会話していると「次にこういう話がくるな」と予想がつき、つい聞く姿勢がおろそかになってしまうことがあったんです。

その指摘を受けてからは、相手の話を最後まで聞くなど、人としての振る舞いを意識するようになりました。次の合宿でお会いしたときには「少し変わったね」と言っていただき、うれしかったです。

※弟子区画:「3年間は挑戦から逃げない」と北原孝彦と約束した人が参加する。毎月の月報提出に加え、弟子合宿では全員が活動報告を行う。現在は募集を終了している。

アカデミーで大きく変わった「相手を思いやるあり方」

――北原孝彦アカデミー(※)(以下、アカデミー)に入ったのは、いつ頃でしょう。

2026年3月です。アカデミーに入ってから、学びの質が大きく変わったと感じています。情けない話ですが、ようやく学びが自分事になったんです。それまでは頭で理解していただけで、本当の意味で納得して行動できてはいなかったのだと思います。

※北原孝彦アカデミー:UBM(ビジネス行動管理大学)の学びをベースにしながら、北原孝彦のより近くで学ぶ区画。北原氏が直接指導にあたる。メンバーは経営スキルだけでなく、人としての在り方を学ぶ。

――具体的には、どのような考え方に影響を受けましたか。

北原さんから学んだ「富の循環は人を介して起きる」という利他的な精神と「他者と比較しない」という考え方です。サッカーの世界で長年、孤軍奮闘しながら勝負にこだわって生きてきた僕は、利己的で他人と比べてばかりだったんです。アカデミーに入ってから自分の常識が崩れていくのを感じました。 

――実際、どのような変化を感じていますか。

先日、お世話になっている社長さんから「外山くんはブレない芯がありながら誠実でいい子だね。一緒に仕事をしたいと思っているからよろしくね」と言っていただきました。アカデミーに入ってから人との接し方や所作を意識してきたので、それが少しずつ伝わるようになってきたのかなとうれしく思いました。

――その変化を実感したエピソードとかあります?

あります。その社長さんの家に招待していただいたとき、白いソファーに座ったら、僕のズボンの色が移ってしまったんです。「高級そうなソファーだし、やばいな」と内心焦りました。

でも、「その人を大事にしたい」という思いがあり、「すみません、ズボンの色が移ってしまって。今拭いたんですが、ここまでしか落とせませんでした。もし不都合があれば全額お支払いするので」と正直に伝えました。すると社長さんは笑いながら「全然いいよ、気にしないで。よく伝えてくれたね」と言ってくださって。昔の自分なら、怒られるのが怖くて黙っていたかもしれません。

トレーナーの枠を超え、人対人のつながりを紡いでいく

――今後、ご自身の事業や生き方は、どういった形になっていくと考えていますか。

周りに人があふれている状態になれたらいいなと思います。人に感謝されながら生きたいですし、ダサいことはしたくないですね。

――「ダサいこと」とは?

たとえば、目先の数字をごまかして売り上げを作るなどです。僕たちトレーナーは、人対人の関わりを大切に仕事をしています。人との関わりを大事にできていれば、別にトレーナーという枠にこだわらなくてもいいと思っていて。先日も女性のお客様のセッション中、ただ一緒にのり弁を食べたんです。

――え、のり弁ですか?

はい。お会いしたときに、元気がなさそうな様子だったんです。仕事のストレスを抱えているのは知っていたので「言える範囲でいいので話してみてください」と伝えたら、本当に辛かったようで途中で泣いてしまいました。

今日の状態で運動させるのは違うと考え、「ご飯は食べられていますか?」と尋ねると、2、3日喉を通っていない状態でした。その日はすっぴんで来られていたので外食に連れ出すのも配慮に欠けると思い、近くのお弁当屋さんで彼女が選んだのり弁を買ってきて、一緒に食べたんです。「こんなにおいしいのり弁は初めてです」と喜んでいただきました。

――優しい。本当に人を大切にしているんですね。

そうですね。じつは今も、彼女をひとりにしておくのは良くないと思い、料金は気にせず週に1回はお店へ来るよう伝えています。そうやって関係を紡いでいって、一緒に生きていく人を増やせていけたら嬉しいですね。


取材を終えて

外山さんの第一印象は「ストイック&クール」。体の仕組みを人類の進化まで遡って突き詰めて考えた、理路整然とした解説に圧倒されました。

その一方で、とても情に厚い方。損得より相手を大事にする姿勢が、どんな場面でもブレないんです。こういう方だからこそ自然と周りに慕われ、可愛がられるんでしょうね。クールな印象とのギャップも含めて魅力的な方だなと感じました。

(記事制作:ひとひら企画/インタビュアー:渡辺まりこ、人生の軌跡グラフ制作:Emodea・相場綾香)

※掲載情報は2026年7月現在のものです。最新情報は公式サイト等をご確認ください。