【お米パン講師|石井理恵さん】人が離れていくのが怖い……ひとりぼっちだった講師が仲間と事業を育みはじめるまで

東京都国立市を拠点に、お米パンの販売や、オンライン講座、ワークショップなどを行う石井理恵さん。Instagramでの簡単・おいしい・心がほぐれるレシピの投稿が子育て世代の女性を中心に支持され、フォロワー数は6万人以上。2026年3月には自身初となるレシピ本を出版しました。

順風なキャリアを歩んでいるように見える石井さんですが、その裏には、13年寄り添ったパートナーとの別れや、産後の体調不良、そして長い手探りの時期がありました。

そんななかで、北原孝彦さんのYouTubeに出会い、新しい生き方の指針を見つけます。受講生、お客様、そして想いに共鳴する仲間たち。関わる人を笑顔にしたいと願う石井さん。そんな彼女にこれまでの歩みを聞いてみました。

(メイン画像提供:『cometen』 owner main editor 優 / yu)

レシピを渡して終わりじゃない!一人ひとりに寄り添ったお米パン講座

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りえ|笑顔になるお米パンレシピ🍞(@rie_okomepan)がシェアした投稿

――石井さんのInstagramを見て驚いたのですが、お米パンは米粉を使わないんですね。

そうなんです。米粉ではなく、お米を使ってパンを作っています。作り方はシンプルで、まずお米を浸水させます。手で潰れるくらいの柔らかさになったら、材料と一緒にミキサーでペースト状にして、形を整えて焼いたら完成です。お米の銘柄によって、焼き上がりの風味や食感が変わるので、その違いを楽しむ食べ比べもできるんですよ。

基本的には発酵なしのレシピ、イーストだけで膨らませるレシピ、イーストで膨らませてサイリウム(オオバコ)を使って形を作るレシピの3種類があって。発酵なしなら30分、発酵ありでも1時間あれば焼き上がります。

――バリエーションが豊富ですね!

食パンやバゲット、クロワッサンなど。さらには、シフォンケーキやスコーンといったスイーツもあって。お米パンは、ご飯にしてもおいしいお米をそのまま使えるので、銘柄ごとの味や香りがダイレクトに出るんです。米粉パンの先生方も「お米からパンを作ったほうが断然おいしい」と言っています。

――お米パンは、どのような方に喜ばれているのでしょうか。

体質的にグルテンを摂るとお腹が痛くなってしまう方や、パンを諦めていた方、あとはお子さんに食べさせるものは小麦を控えたいという方も多いです。そういう人から「お米パンのおかげでパンを作れました」「食べられました」と言われることもあり、嬉しいです。

――オンライン講座では、それらのレシピをお伝えしているのでしょうか?

毎月ライブレッスンで一緒に作りながら、パンのレシピをお伝えしています。あと簡易サイトのようなものを作っていて、そこに、基本のパンからアレンジパンまでのレシピ動画や作るうえでの基礎知識、ライブレッスンのアーカイブなどを格納しています。あと、チャットではお米パンに関する相談をいつでも受け付けています。

最近は、プロのカメラマンさんにお願いして、カメラ講座も開催しています。せっかくお米パンをうまく作れても、伝える力がないともったいない。写真を上手に撮ろうとすると、パンをどう絵になる形にするか、という視点も出てくるんです。そういう意味でも面白いかなと思って。

――お米パンの販売もしているそうですね。

はい。東京都国立市にあるお米屋「cometen」さんで、定期的にパン販売をしています。もともとこちらのお店にて単発ワークショップを行っていた経緯があり、今年に入って店主の加藤優さんから「定休日ならお店を使えるよ」と言っていただき実現しました。cometenさんには全国各地のお米が置いてあるんですけど、おいしいお米で作ると、パンの味わいもぐっと変わるんですよ。

販売をしてみて面白かったのはパンを買いに来たお客さんが、cometenさんに置いてあるお米や、お醤油などの商品も買うんです。逆もあって、お米を買いに来た方が「パンも売っているの?」とパンを買ってくださることもあります。

「もっと人の役に立ちたい」栄養士、看護師として歩んだ生き方

――石井さんはもともと、どのようなお仕事をしていたんですか。

子どもの頃から食べることが大好きで、「いつか食に関わる仕事がしたい」と思っていました。それで新卒のときは栄養士として保育園に就職したんです。子どもたちの成長に合わせた献立作りや調理、食育の一環で一緒におやつを作ったりしました。ただその途中で、看護師になりたいと思い、働きながら勉強して看護学校を受験しました。

――なぜ看護師になりたいと思ったのですか。

理由はいろいろあるんですが、単純に、もっと人の役に立ちたいと思ったんです。管理栄養士でも十分に人の役に立てると思うのですが、食事だけでなく、もっといろいろな側面から関わりたいと思うようになりました。あと父が病気をしていたこともあって、療養しているときの看護師さんとの関わり方を見ていたことも大きかったです。

――それで学校を卒業して、看護師になったと。

最初の3年は循環器病棟にいました。心臓がメインの病棟で、主な疾患としては心筋梗塞や心不全などです。混合病棟でもあったので、糖尿病の方や精神科の方もいらっしゃって、いろいろ経験できたと思います。4年目のときに救急外来に配属されて。ちょうどコロナ禍だったので、防護服を着て、汗だくになりながら走り回っていました。

ただ病棟や救急外来で働くなかで、入院される方や急に体調を崩して来られる方の背景に、生活習慣病があるケースが多いと感じて。そこから予防医療を学びたいと思い、生活習慣病の診療に力を入れているクリニックに勤めました。看護師の業務に加え、管理栄養士として栄養指導も担当していました。その後、結婚して1人目の娘を産んだあとにお米パンと出会うんです。

「母のことを思い出した」自暴自棄から救ってくれたお米パン

――お米パンを作った、最初のきっかけは何だったんですか?

出産のためにクリニックを休職し、子育てが始まったんですが、想像していた以上に大変で。子どもが生まれて幸せな時期のはずなのに、どこか立ち止まってしまっているような感覚があって。「あれもできない」「これもできていない」と、自分にバツの評価ばかりをつけていました。

そんなときに、お米からパンが作れることを知ったんです。過剰なほど繊細に考えていたと思うのですが、当時は子どもが泣き出さないか、周囲に迷惑をかけないかと考えて、ベビーカーを押して買い物に行くのもハードルが高かった。そんな私にとって、家にあるお米でパンが作れることは衝撃でした。

――ちなみに何がそこまで石井さんを追い詰めたのでしょうか。

授乳がうまくいかなかったことが大きかったです。母乳をあげることは当たり前にできるものだと思っていたので、思うようにいかないことに焦りがありました。産後はホルモンバランスも崩れやすく、そこに寝不足も重なって、気持ちが沈んでしまって。

夜泣きで寝てくれないと、「自分の寝かしつけ方がいけないんじゃないか」と考えてしまって。何をしても「自分は下手だな」と思ってしまう時期で、しんどかったです。

――子育てで余裕をなくしていたときに、お米パンと出会ったと。

そうです。勝手にレシピをアレンジして、家に道具もなかったので、ミキサーではなくフードプロセッサーで作りました。少し生地は粗かったんですが、すごくおいしかった!お米パンの焼きたての香りを嗅ぐのって、幸せなんですよね。

そのときに、ふと母のことを思い出したんです。母は料理が大好きで、私が小さい頃はよく一緒にパンを作ってくれていました。お米パンを作ったときに、そういう記憶も一緒によみがえって、少し気持ちが楽になりました

――うまく作れたかどうか以上に、石井さんの気持ちを軽くしてくれたんですね。

思い通りの出来ではなかったんですが、そのパンに関しては「これでもいいじゃん」と思えて。だから、講座の生徒さんには「これが絶対に正解」というふうには伝えていなくて。「失敗したと思っても、その良さがあるよね」という感じで、パンの焼き上がりについて伝えています。

動き始めた先で出会った大切なご縁の数々

――そもそもInstagramを始めた理由は何だったんですか。

お米パンを作ったことで、自分がすごく元気になったんですが、「同じような人に届いたらいいな」という気持ちがきっかけです。当時は、今以上にお米から作るパンを知らない人が多かったんです。それまで動画を作った経験はありましたが、Instagramで投稿したことがなかったので、「少しやってみようかな」と思いました。

――「動画を作った経験」とは?

以前から「何か自分で始めたい」という思いはあって。YouTubeで山登りチャンネルをやってみたり、冷凍弁当の紹介をしてみたり、いろいろ試していました。でも、どれもどこかしっくりこなくて……。

――そんな時代があったんですね。ちなみにInstagramに投稿してみて、どうでしたか。

面白かったです!SNSを通して、会ったことのない方からDMやコメントをいただける。それが大きな原動力になって、頑張れたところはあります。

――その後、講師業をスタートさせたのはどういうきっかけですか?

最初は、東京都国立市の「クラブサバーブ」という参加型まちづくりプロジェクトでした。そこで、親子向けに発酵なしのお米パンを作るワークショップを企画したのが、私の講師としての第一歩だったんです。今、パンを販売させていただいているcometenさんとのつながりが生まれたのも、そのプロジェクトがきっかけでした。

――その流れで講師業もスタートさせたと。

その後、富士見台トンネルというシェアスペースで教室を開催しました。ただ、子育てが少し落ち着いて仕事に戻ろうと思い、訪問看護ステーションへ転職しました。そのタイミングで、子育てに向き合いたいと思って、お米パンの発信は一度お休みしていました

その後、「お米パンで活動していこう」と決めて、2025年の夏に職場を辞めて、オンライン教室を始めました。「お米パンをもっと習いたい」と言って、以前教室へ来てくださった方が、すぐに受講を申し込んでくださったんです。過去の活動が今につながっているし、遠回りに見えても無駄なことはなかったと思います。

「一人で頑張らなきゃ」を卒業。仲間とつながって見えた新しい景色

――そもそも北原さんのことを知ったのはいつ頃ですか?

パンを作り始めるより前だから、3年ほど前だと思います。その「いろいろ試していた」頃に起業に関する動画をちょこちょこと見ていて。ただ、自分の商品というか、自信を持って「これだ」と言えるものがまだ見つかっていなかったので、「私はまだ北原さんのもとには行けない」という感覚がずっとありました。

でも独立した際に、一人で取り組むことの大変さを感じるようになって。いろいろ学ばなきゃいけないなと思ったり、どうしたら長く人と育めるのかと考えたりして、モヤモヤしていたんです。それでレシピ本の撮影日に、徹夜でパンを焼いている間、ずっと北原さんの動画を流していて。それを聞いていると、「さっさとやれ」という感覚になって。

――それで北原孝彦アカデミー(※)(以下、アカデミー)に入会したわけですね。北原さんの言葉で、特に印象に残っているものはありますか?

「ひとりぼっちにさせない」です。

実は、高校1年生のときに大好きだった兄を亡くしています。当たり前にいた存在が突然いなくなるという経験が、人が離れていくことへの怖さや、誰かに頼ることへの不安につながっていた部分もあるのかなと、今は思っています。さらに、13年ほどお付き合いをして、当然このまま結婚するんだろうなと思っていた人とお別れしたことも。「大切な人でも離れていってしまうことがあるんだ」という怖さが、また重なりました。

それ以来、どこかで人を頼るのが怖くなり、「事業も一人でやり遂げなきゃいけない」と思い込んでいました。でも、一人で走り続けるのは大変で……。どうやればいいんだろうと考えるようになり、最初は北原さんの動画を見ながら学んでいました。でも、直接話を聞いて学んだ方が、自分も豊かになるし、もっと周りの人にも届けられると思って。

※北原孝彦アカデミー:UBM(ビジネス行動管理大学)の学びをベースにしながら、北原孝彦のより近くで学ぶ区画。北原氏が直接指導にあたる。メンバーは経営スキルだけでなく、人としての在り方を学ぶ。

――UBM(※)東京支部会(以下、東京支部会)ではどのような活動をしていますか。

自分も何かお役に立てればという思いから、東京支部会の運営に携わっています。回を重ねるごとに熱量が上がっていく空気感や、支部長・副支部長の姿にはいつも刺激をいただいています。

※UBM(ビジネス行動管理大学):北原孝彦が代表を務めるビジネス塾。2020年に「北原の精神と時の部屋」として設立、2024年11月に現名称に改称。

東京支部会・支部長の伊藤梓さんが主催する「朝活」や「マインドセット勉強会」のサポートもしています。

梓さんはいつも周りの人のことを第一に考え、全力で向き合い続けてくださる方です。誰かのために本気で動き、場をより良くするために細部まで丁寧に向き合う、そんな姿勢を間近で学べることが、本当にありがたいと感じています。

梓さんの熱量や雰囲気が一人でも多くの方に伝わるよう、動画制作のお手伝いもしています。こうした関わりを通じて、たくさんの育みが生まれていると、日々実感しています。

一人で頑張る人のためのつながりの場を

――今後は、どんな活動をしていきたいですか。

今後はオンラインだけでなく、より関係を育める対面レッスンを軸に据えていく計画です。それに、パンの製造に挑戦してみたいと思う方が関係者のなかにいたら、声をかけてもいいのかなと思っています。

あと現在はcometenさんの場所をお借りして販売などをしていますが、数年後には、自分の拠点を持てたらいいなという夢があります。それがパン屋なのか、教室なのか、まだ形はふわっとしていますが。ただ地元の国立やその周辺で「一人で頑張らなきゃ」と感じている人たちが集まれるような場所を作りたいです。

あとcometenさんでもチームのようなものもできつつあるので、そこをどうしていこうかなと考えています。

――チームというと?

店主の加藤さんがいて、パンを焼く私がいて。ほかにも、おにぎりを作るおばあちゃんや、食べ物をおいしそうに撮る写真家さん、玄米粉でお菓子を作るパティシエさんがいます。まだ「チーム」と言えるほどではないんですけど、そういう人たちが今後、集まってきたら面白いのかなと思っています。

――今まで「一人でやらなきゃ」と思っていたのに、いろんな人と協力しながら活動しているんですね。

今まで、私はワーカーだったんです。パン作りも夜中から一人でずっと作っていて、仲間作りという点ではまだまだ足りないなと思っています。私自身、お米パンで本当に笑顔になれました。だから、その思いや何かに共感してくださるチームを、どんどん広げていきたいなと感じています。

――そういう意味だと、アカデミーの皆さんとも何か一緒にできたら面白そうですね。

そうですね。たとえば、コーヒー事業をされている神原さおりさん。パンとコーヒーは相性が良いですし、何よりお子さんの年齢が近く、同じ「ママ」という共通点があることにも、とても縁を感じているんです。

あとこの環境で学んでいるからこそ、北原さんのお役にも立ちたいという思いも強くなっていて。自分が今持っている経験やスキルを活かして、北原さんに何か少しでも還元できればと考えています。


取材を終えて

石井さんのお話を聞き、「ひとりぼっちで活動しない」ことの大切さを改めて感じました。パン教室など講師業をしている方は、どうしても全部自分一人で頑張ろうとしがちです。でも、石井さんは「みんなで」という意識があるからこそ、お米屋さんと協力して活動を広げています。人とつながり育むことで、これからも新しい展開が生まれていきそうです。

そして、お米の種類によってパンの味が変わるという話に、がぜん興味が湧いてしまいました。それぞれのお米の個性がどう引き出されているのか、じっくり味わい比べてみたいです。

(記事制作:ひとひら企画/インタビュアー:渡辺まりこ、人生の軌跡グラフ制作:Emodea・相場綾香)

※掲載情報は2026年4月現在のものです。最新情報は公式サイト等をご確認ください。